納豆が苦手なあなたへ。世界的文豪の意外な納豆克服法

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※この記事は、ハッコラ英語版「A Story About the Time Haruki Murakami Overcame His Fear of Natto」の翻訳記事です

これは日本で暮らす外国人にとって、よくある出来事かもしれません。
親しくなった日本人と仲良く会話を始めて、話題はあなたが和食が好きであることや、箸の使い方が驚くほど上手なことへと移り変わり、そののち、早かれ遅かれ(おそらく親しみを込めた笑顔とともに)、この質問の登場です。

「納豆、好き?」

回答に困ってしまう質問、「納豆は好きですか?」

多くの納豆ビギナーは、この古典的な質問に答えるための正しい言葉を探しています。

多くの納豆ビギナーは、この古典的質問に答えるための正しい言葉を探しています。

この質問は、あなたがどの程度の親日家なのかを見極めるためのものかもしれないし、正解すると100万ドルの賞金がもらえるような難易度の高い質問なのかもしれません。
ええ、もちろんあなたがお寿司や天ぷら、ラーメンを愛していることは知っています。しかし、発酵してネバネバとしたあの豆料理を笑顔で飲み込むことができなかったとしても、あなたを真の和食愛好家と呼んでいいものなのでしょうか。

「納豆を好きになる」ことへの憧れ

数億円の取引を決めるほどの自信にあふれたかのような彼も、パワフルな茶碗一杯の納豆ご飯で1日をスタートさせるのです。
数億円の取引を決めるほどの自信にあふれたかのような彼も、パワフルな茶碗一杯の納豆ご飯で1日をスタートさせるのです

納豆と聞いただけで逃げたくなる方は、「あのネバネバした大豆の一体何がそれほど素晴らしいのかさっぱりわからない」と肩をすくめるジェスチャーをするかもしれません。また、納豆を食べないことを「少しもったいないのかも…」と感じている人もいるかもしれませんね。しかし、もしかしたら本音では、心の奥の小さな部分で密かに「納豆を好きになる」ことに憧れてはいませんか?

もしそうだとしたら、あなたは一人ではありません。

あの村上春樹氏も、35歳まで納豆が食べられなかった!

現代の偉大な小説家のひとり、あの村上春樹氏も35歳まで納豆を食べることができませんでした。
大学進学時に東京に移るまで、納豆には触れずに過ごしてきた関西出身の青年、村上氏。東京の人が好む「朝食の定番メニュー」は彼にとってはエキゾチックなものでした。また、村上氏が納豆を克服するまでにはある種の執着ともいえるような試みが続いたようです。

1985年、村上氏は、日本中のよき「ヒト・モノ・コト」を発信する『婦人画報』(ハースト婦人画報社)に「納豆にまつわる朝食のあれこれ」と題したエッセイを発表しました。
その中には、村上氏と納豆の最初の出会い、そして、何年にもわたる納豆への進歩と拒絶の日々、さらに、納豆の中に”求めていたもの”を発見した瞬間について書かれています。

村上氏の、納豆へのあくなきチャレンジ

京都で生まれ育った村上氏は、納豆を食べたことが一度もありませんでした。当時の東日本と西日本では、朝食文化が大きく異なっていたようです。村上氏は18歳の時に東京に引越し、それまで話には聞いていた納豆を試すことに興味を持ちます。

最初の出会いは、葛藤の末に注文した食堂での付け合わせ。しかしその臭いが鼻につき、味は強すぎて困惑し、即座に「自分には合わない」と判断してしまいます。

食の好みは十人十色。個人的には幸せこの上ない献立です
食の好みは十人十色。個人的には幸せこの上ない献立です

若かった村上氏は、その後そのまま納豆から遠ざかり、二度と納豆に関わらないように……とはなりませんでした。
彼が納豆を好きになるための訓練への意欲は尊敬に値します。その日からなんと17年もの間、彼は様々な方法で数えきれないほど何度も納豆にチャレンジ。しかし残念なことに、彼の根気強い挑戦もうまくいかず、ついに彼はネバネバした“あれ”を見ただけで気分が悪くなってしまうようになります。

それにしても納豆の何が問題だったのか?匂い?食感??
それにしても納豆の何が問題だったのか?匂い?食感??

それは、ある朝突然に…

それはある日突然のこと。ついに納豆の女神は村上氏に微笑み、彼に納豆を愛する力を与えてくれました。その描写はエッセイから。

ところがこの正月、箱根の温泉旅館に三日ばかり滞在した時の朝食に納豆が出てきたのを「ええい面倒臭い」という感じで食べてしまったら、これが意外や意外に美味しくて、それ以来毎日納豆なしには過ごせなくなってしまった。

そうです。この瞬間、村上春樹氏は納豆を受け入れたのでした。

ショッキングなことはなにもなく、ドラマチックでハリウッド的などんでん返しもなく、伝説の料理人による地球を揺さぶるようなレシピでもなく、日本の緑豊かな深い山の中で静かな冬の朝に起きた「味覚の革命」。これはこれでどことなく、村上春樹氏の世界観のようにも感じます。

体と心が新しいものを受け入れ、慈しみ、それに感謝するようになるまでには、十分な時間や創造性、発想の転換などが必要な時もある、とその思いを巡らせる村上氏。

はずみというのは怖しいものである。ダイナ・ワシントンの古い歌に”What Difference A Day Makes”というのがあったけれど、まさにそのとおりで、17年間コツコツと努力して実らなかったものがたった一日でひっくりかえってしまうのである。

村上氏による朝食に関するひとこと

村上氏によれば、典型的な和食の朝食を希望予約する人の多くは関東出身者だとか
村上氏によれば、典型的な和食の朝食を希望する人の多くは関東出身者だとか

この4ページに渡るエッセイの残りの部分によれば、一般的な西日本の朝食は通常、一杯のお茶漬けと昨晩の残り物をいただくのに対して、東京の人たちは『全てを準備することにこだわる』傾向にあるんだとか。炊きたてのご飯、削りたての鰹節を使った味噌汁、地元の豆腐屋で早朝に購入した豆腐、小さな器に入った納豆こそが東京の朝の基本。

将来85歳で人生を振り返り、バンジージャンプや納豆ご飯に挑戦しなかったことをひどく後悔するか…。しかし少なくとも『死ぬまでにやっておきたいことリスト』の一つはこうして達成することができそうですね
あなたが85歳になったときに人生を振り返り、バンジージャンプや納豆ご飯に挑戦しなかったことをひどく後悔するとしたら…? 村上氏が納豆を克服したことを思うと、少なくとも『死ぬまでにやっておきたいことリスト』のひとつは簡単に達成することができそうですね

納豆を恐れる全てのみなさま、これでもうお分かりですね。
あなたの自信が満ちて準備が整ったときこそ、ダイナ・ワシントンの名曲を思い出し、このハッコラに掲載されている納豆レシピを開き、あなたの迷いのベールをはがすときなのです。

元記事/A Story About the Time Haruki Murakami Overcame His Fear of Natto
翻訳/haccola編集部

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