築120年「京都 もやし町家」で教わる麹づくり体験レポート (後編)

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京都は西本願寺からすぐ、120年前は種麹の工房、現在はイベント・カルチャーハウスの「京都 もやし町家 Kyoto Moyashi House」。ここで、老舗種麹屋「菱六」社長の助野彰彦さんから直々に米麹づくりを手ほどきして頂ける貴重な講座が開催されました。今日はその体験レポートの後編をお送りします。

【申込受付中】現役もやし屋さんと作る「本格麹つくり体験」by菱六もやし助野社長
日時:9/20(水)10:00~9/21(木)12:00
場所:京都もやし町家(〒600-8334京都市下京区油小路六条下ル西若松町268)
※助野さんによる麹づくりは本年度最後の開催となります



微生物としての麹菌

麹菌は真菌類に属する微生物

醸造微生物は真菌類と細菌類に大きく分類され、麹菌は真菌類に属する微生物です。
真菌類に属する微生物は、他にも、清酒・焼酎・ワイン・味噌・醤油などの酵母や、また青かび・紅麹カビ・ケカビ・クモノスカビ・マツタケ・エノキダケ・シメジ・マッシュルームなどがあります。
一方で、皆さまもお馴染みの乳酸菌、酢酸菌、納豆菌等は細菌類に属します。

麹菌が繁殖して甘酒や塩麹ができるわけではない

「発酵とは、人間が自分たちの都合に合うように、微生物やそれらの出す酵素の働きを利用して食べ物を作ること、と僕も東京農大時代に小泉武夫先生に教わりました。よくコマーシャルなどで乳酸菌がからだに入って働きかける等と言っていますが、麹菌の場合は酵素と麹菌が出しているビタミンなどの生成物質が人間の役に立っているのではないかなと思います。麹菌が繁殖して甘酒や塩麹ができるわけではないんですよ。麹菌は水に入ると基本的には生きられないですからね。生きられたら次の酵母の出番がなくなってしまいますから」と助野さんは語ります。
麹菌が酵素を出すのは、子孫を残すために自分が餌を食べやすいよう米のデンプン質を分解して糖分にしているにすぎず、発酵とは私たちがその恩恵に預かり有効活用させて頂いている、ということなのですね。

大変賢く、変幻自在な麹菌

また、麹菌はとても賢く、自分が置かれた状況によって生活態度を変えることができます。
液体培養の際は酸素のある表面に生え、固体培養の際は米に生え、分解酵素を分泌しながらその分解物を食べます。この固体培養では、デンプン質を分解するグルコアミラーゼを多く産出する遺伝子がたくさん発現し、その産出量が高い順は、米>麦>大豆となり、米麹が一番高いということになります。また、タンパク質を分解するプロテアーゼの産出が高い順はその全く逆になるそうです。

毒を出す麹カビも

もちろん、現在市販されているもやし(種麹)には安全な麹菌のみが使用されています

麹カビ、と一口にいっても色々あり、麹菌とは人間にいい影響を与えてくれるものを指します。ですが麹カビの中には、悪い影響を与えるものもいて、その代表としてカビ毒のマイコトキシンがあげられます。
「だからたまに『山から採ってきた麹カビなんですけど~』と言って持ってこられる方がいるんですけど、仕事柄『確認しましたか?』って聞いちゃいますね。実際に生き物が死んでいますから」
有名な事例で、1960年にイギリスで起こった七面鳥死亡事件があります。一か月の間に10万羽以上の七面鳥が死に、その原因がアスペルギルス・フラバスという麹カビの一種だったことが判明したのです。そのカビが産出する毒はアフラトキシンと名付けられ、その後日本でも醸造試験所の研究員の方が分類したのですが、幸い国内では検出されなかった、とのことでした。
また、この他にもオクラトキシンというカビ毒も報告がされており、クエン酸を多めに産出したり、一時的に糖化力が強かったりと、少し魅力的な面があるものの、やはり毒性があるため麹菌としての使用はできないのだそうです。きのこにも毒キノコのように食せないものがあるのと同じですね。現在市販されている種麹は、このようなカビ毒を出さない安全な麹菌のみが使用されています

現在市販されている種麹は、このようなカビ毒を出さない安全な麹菌のみが使用されています

もやし屋(種麹屋)の現役社長が特に気をつけていること

もやし屋(種麹屋)の目的は普通の米麹づくりとは異なる

種麹屋の目的は、種をたくさん採ることであり、手入れの最終段階で40度前後でひっぱって酵素の生産を促す普通の米麹づくりとは異なります。盛りももっと5ミリくらいの厚さまで広げる。じゃないと8時間くらい経つと品温が40度くらい上がってしまい、胞子がつきにくくなるんです。これを、私たちは『焼ける』と呼んでいます。その焼けたところは白いままで、胞子がつきません。」

酒用のもやし(種麹)はデリケート

また、菱六では酒用のもやしは3月4月の春につくり、秋に備えていると助野さんはおっしゃいます。その理由は、できるだけ新しいものを提供したいから。酒蔵は蒸米に散布する種麹の量が極端に少なく(大吟醸用米100キロに粒子状の種麹を10グラムなど)、そこにさらに発芽率の低い種麹を提供してしまうと麹の温度が上がりにくくなるため、その酒蔵の作業が遅れてしまうのです。また、麹の段階で麹菌の繁殖が多すぎると米麹に脂肪分が蓄積し、それが香りの邪魔をしてしまいます。酒用の麹は、「突き破精(はぜ)麹」といって、繁殖が少ない割に米粒の中まで破精込んで(菌糸が生育して)いなければならないなど、色々と気を遣う点が多いのだと助野さんはご説明されました。

もやし(種麹)づくりについてさらに詳しい説明

気中菌糸が短いと早く胞子ができる

菱六では、種麹を作る際に糠などの栄養素を残して3%ほど削った玄米を使用しています。製麹の工程では、アルカリ度が高くpHも12~13くらいの椿・楢・樫などの木灰を使用し、リンとカリウムが多い環境を作り出し他の雑菌を寄せ付けないようにします
また、この環境は麹菌が胞子形成型の性格に変わる、つまり気中菌糸(下の図の分生子柄の部分)が短くなることを可能にします。ここが短いということは、早く胞子ができるということなのですね。

麹菌が胞子形成型の性格に変わる、つまり気中菌糸(下の図の分生子柄の部分)が短くなることを可能にします

原菌は考慮しながら植え継ぐ

また、菱六が扱う種麹にはもちろん代々受け継がれている原菌というものがあるのですが、もちろん寿命があるので酵素の量や、もやし(種麹)にしたときの景色などを考慮しながら植え継いでおられるそうです。
麹菌を作るアスペルギルス・オリゼは、突然変異というものがあまり起きないのですが、時折胞子が付かないこともあるそうなので、この作業はとても重要だということが汲み取れます。

麹蓋について

一工夫して放熱しやすい形に

今回の講座では、ひとりひとりに麹蓋(蒸したお米に麹菌をつける際に使われる小型の容器)が配られ、盛りから仕舞仕事までの手入れを各自で行う流れだったのですが、この麹蓋にはちょっとした秘密が隠されています。
実は、真ん中が少し分厚く、裏面が少し沿って作られており、温度の上がりやすい真ん中部分にある麹が薄く広げられるように、との工夫なのだそうです。手入れの際に、米の真ん中に穴を掘るのも同じ理由ということだということですね。

麹蓋

菱六が発明した「発酵豆乳」の試飲

「発酵豆乳」は、濃厚な麹入り豆乳

さて、がっつり座学が進んできましたが、ようやくここで小休憩。菱六が発明した「発酵豆乳」の試飲が参加者全員に配られました。
甘酒と豆乳を混ぜることがあるなら、麹をそのまま豆乳に入れればよいではないか、という発想からこの商品はできたのだそうです。原材料は、無調整豆乳と米麹パウダーで、割合は3:1

酵素を減らないよう、特別な製粉機で作る米麹パウダー

米麹パウダーの製造方法は、まず生の米麹を乾燥させてから製粉機にかけるのですが、その際に酵素の量が減るのを避けるため、石臼の中に水を通す特別な製粉機を使用して麹を粉にするそうです。試飲はホットとアイスの中から選ぶことができ、私も頂きましたがかなり濃厚な甘さでした。豆乳の中のタンパク質に麹のタンパク質分解酵素が働くので、水から作る甘酒と比較してアミノ酸が多くなるそうです。

菱六が発明した「発酵豆乳」

いよいよ出麹。120歳の麹室から麹蓋を取り出す

麹蓋は、「棒積み」から「レンガ積み」に

日は変わって、二日目。前日に盛り、仕舞仕事を行い、今日はもう出麹です。一夜越した麹米の状態はどうなっているのでしょうか。
ここに至るまでの間に助野さんの指示で、麹室の中の麹蓋は「棒積み」から「レンガ積み」に組み替えられていました。レンガ積みは、麹蓋を互い違いにずらして積み上げていく方法で、麹づくりの後半で効率的に放熱を図る際に使われます。初めからレンガ積みしてしまうと、菌の増殖が図れないためこの方法をとるのだそうです。

ほんのり暖かく、栗香がして、菌糸がしっかりとまわった米麹

ほんのり暖かく、栗香がして、菌糸がしっかりとまわった米麹

取り出してきた麹は、ほんのり暖かく栗香がして菌糸がしっかりとまわっていました。

温度の上昇を防ぐため、麹を12等分割

温度の上昇を防ぐため、米麹を12等分割

このままでは、温度がどんどん上昇してしまうため、お好み焼きをつくるときのようなヘラで、12等分くらいに分割していきます。
完全にばらばらにする方が温度が上昇することが多く、助野さん自身もばらして放置していた麹から湯気が立つのを経験されたことがあるそうです。

もやし屋(種麹屋)にとって、一般家庭で気軽に米麹が作られるのは喜ばしいこと

助野さんは昨年、「京都 もやし町家」で9月末に米の蒸しから準備をされたそうなのですが、やはりの自分のホームベース以外で行う製麹には気を遣う点も多く、大変だったとお話しされていました。ただ、初めの24時間さえ押さえておけば米麹はできますよ、ともおっしゃっていて、要は米の浸漬、水切り、蒸し、種切から24時間の保温ができていれば後は何とかなる、と言い切っておられました。種麹屋としては、一般家庭で気軽に米麹が作れるようになることは喜ばしいことなのだそうです。

菱六のもやし(種麹)について

狙った蒸米にきちんと着地する菱六独自のもやし(種麹)

米麹を冷ましている間に、菱六が販売している種麹について助野さんから腑に落ちることが説明されました。
もやし(種麹)とは、製麹の延長段階で得られる胞子のことを指すのですが、一般家庭では大手企業が扱うような製麹機械などはありません。そこで何が問題になるかというと、種切りの際に胞子を手で撒くと重量がないため空気中に舞い散ってしまうことになります。
そこで、菱六では粉状の種麹は100gの場合10gの胞子と、あとの90gは胞子を採った後の米粒自体を粉砕したものを混ぜて販売しているのです。こうすることで、胞子には米粉の重量が付き、狙った蒸米にきちんと着地してくれるのだということでした。

まだまだ興味深いお話はあったのですが、今月もう一度もやし町屋で助野さんご指導の本格米麹づくりの講座がまた開催されます。
麹づくりの方法だけではなく、詳しい酵素のお話など手ほどきを受けたい方は参加されてみてはいかがでしょうか。

✔イベント情報
現役もやし屋さんと作る「本格麹つくり体験」by菱六もやし助野社長

日時:9/20(水)10:00~9/21(木)12:00
場所:京都もやし町家(〒600-8334京都市下京区油小路六条下ル西若松町268)
受講料:28,000円(2日間の受講料、米麹のお土産付:約1kg )
内容:プロが実際に現場で行っている米麹造りの実体験。麹菌・微生物に関する知識の習得。
※助野さんによる麹つくりは今年度最後の開催となります



関連リンク

京都 もやし町家 Kyoto Moyashi House
住所:〒600-8334 京都府京都市下京区西若松町268
URL:http://kyotomoyashihouse.com/

菱六
住所:〒605-0813 京都市東山区松原通大和大路東入二丁目轆轤町79
電話番号:075-541-4141

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