タイ、チェンマイの納豆「トナオ」前編:トナオとは何か?【諸国菌食紀行】

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フリーランスの料理人であり、発酵トラベラーでもある安田花織さんの「諸国菌食紀行」。第1回目は、タイの納豆「トナオ」を求めて、チェンマイのタン村を訪れた安田さん。藁(わら)ではなく、身近な葉で茹でた大豆を包んで作るというトナオについて、現地のトナオアーチャン(納豆先生)に教えてもらいました。

タイの納豆、「トナオ」との出会い

「安田さん、面白い食材があったよ。」

昨年の夏、タイの少数民族の村に10年以上通い、昔ながらの製法で作られている布製品の仕入れをしているOg(おぐ)さんから、お土産に丸くて薄い、せんべいの様なものをもらった。

匂いを嗅ぐとほろ苦いチョコレートのような厚みのある香り。とどこか懐かしいような知っているような…

聞くとこれはタイの納豆の「トナオ」だという。

タイに納豆があると知ったのはこの時だ。そもそもどこか懐かしいような匂いは納豆と一致したものの、私の知ってる納豆はこんな形じゃない!

タイの納豆の「トナオ」
タイの納豆の「トナオ」。村や作り手によって様々なタイプがある。
唐辛子入りや丸く無いもの地域や作る人によって違う

Ogさんの説明を聞くと、トナオとはタイの納豆であり、藁では作らずシダやチーク材の葉などで作り、そのまま食べることはしないでスープに入れたり、カレーに入れたり炒め物にしたりするそうだ。
具というよりは旨味をだす調味料としての使い方が多く、市場ではこの煎餅納豆は結構売られていて、プレーンだけでなく唐辛子入りのものもあるとのこと。

Ogさんもトナオを面白いと思ったらしく、いつも仕入れで行っているタイの村で「トナオに興味がある、と話したら、いろいろなトナオ料理を食べさせてくれたよ」と写真を見せてくれた。

トナオはどうやらタイの南の方でなく北の方や、ミャンマー、ラオスの人達の食文化で、日本人や中国から伝わったわけではなく、その地域での独自の納豆なんだそうだ。

なるほど、タイ料理屋さんには割と行くけど、見た事がないわけだ。

トナオ料理を食べたい!という願いが叶ったのは今年の6月、トナオをくれたOgさんがタイに仕入れで通っている村にまた行くという。

村にはトナオ作りをしている人がいて頼めば料理を教えてくれるとの事で興味があるなら行かないか?というお誘いであった。
もちろん、二つ返事で行くと伝えトナオを食べにタイに行く事が決まった。

タイの納豆「トナオ」を食べにチェンマイへ

6月のタイは雨季真っ只中、毎日雨が降る。日本の梅雨とは違ってザーッと降ってまたからりと晴れる。
蒸し暑く湿度が高く、多くの菌が大喜びしそうな気候である。

チェンマイのバスターミナルからバスに乗り、ジョントンを超えて約2時間。
そこからまた迎えの車に乗り、タン村にあるマイさんの自宅兼工房に到着した。
今回は、マイさんがトナオ作りの名人を紹介してくれる。

バナナやマンゴーの木が植えられた庭にはすでに納豆料理教室の準備がされていた。

タイの野菜や調味料が並ぶ中、プラスチックのカゴに入った葉っぱで包まれている納豆らしきものを発見し胸が高鳴る。

タイの納豆「トナオ」を食べにチェンマイへ

はやる気持ちを抑えつつ、トナオアーチャン(納豆先生)にまずはトナオの作り方を聞いてみた。

タイの納豆「トナオ」の作り方、食べ方を聞く

トナオアーチャン(納豆先生)
トナオアーチャン(納豆先生)はトナオを作り市場で売っている。
トナオがない日はお惣菜を販売するという料理上手なアーチャン(先生)

出来ればトナオを作るところから見たかったのだけど、滞在できる時間は1日なので今回はトナオアーチャンにお話だけを聞いた。

「大豆を茹でてチークの木の葉で3日3晩包んで置いておくと出来るよ。」
と簡単な説明で終わる。

ちなみに日本の納豆と大体同じ作り方だけど、日本は藁で包み、保温する。

藁よりも葉っぱの方が断然包みやすそうだし、隙間の多い藁では、乾燥させたとしてもこの湿度の高い地域ではたくさんの菌の住処になってしまいそう。
それにタイは暖かいので一年中葉っぱは手に入る。

暖かいので保温しなくても発酵が進む分、腐敗も早いだろう。
菌の勢力争いをいい状態で止めておくには塩蔵は手っ取り早いが、タン村から海は遠く、塩がたくさんあるわけでもないので、腐敗させないためには乾燥が一番いい。
雨季とはいえ日本と違って1日中雨が降る事はなので、トナオを薄く伸ばして干すのはとてもいい考えだ。持ち運びも楽になるので流通にも乗せられるし。

さんさんと太陽の光がさす庭で、お土産でもらった煎餅納豆を思い出した。

すべて乾燥させて使うわけではなく、生でも食べる。食べきれない分や作り置く時、販売する時に乾燥させるのだろうか?
今回は乾燥させるトナオの作るところは見れなかったので憶測でしか過ぎないけれど、疑問の答え合わせは次回の楽しみでもある。

タイの納豆「トナオ」と日本の納豆の違い

3日前に仕込まれたトナオは日本の納豆でいう極小サイズの豆で、手に取って匂いを嗅いでみると、まさに納豆の匂い!
でもあまりネバネバしておらず、豆の旨味は日本の納豆より強く感じる。

生の状態のトナオ(筆者が日本で作成・撮影)
生の状態のトナオ(筆者が日本で作成・撮影)

日本で今販売している納豆の殆どは、藁からでなく納豆菌を大豆にふりかけ発酵させるタイプ。
日本人が好む、糸を引いて匂いの少ない菌を納豆菌屋や大手納豆メーカー改良、培養し大豆と合わせて発酵させて販売しているようだ。

また納豆菌の存在を認め、藁に(だけ)いる、と信じて疑わないのは日本人だけだそう。
学術的に、納豆菌は枯草菌の一種とされているようで、調べてみるとシダやミントについている枯草菌で納豆を作っている人や、空気中に漂っている枯草菌を豆につけて納豆を作っている人がいた。
漂っている菌を豆に下ろすなんて、ささらを置いて神様をおろすみたいで面白いと思ったけど、目に見えない力を借りて人ではできない事をする点は同じだ。菌は八百万神様の一人ではないかと思う。

納豆菌は動きやすい遺伝子をもち突然変異を起こしやすく、個体差があるため以前の日本の納豆製造業者は均一な商品を作るのがとても難しかったという。
その昔、ひたすら神仏にひれ伏し、室を清め粘りの強い良い納豆が1日も早くできるよう祈ったそうだ。

タイ語が堪能なら、納豆作りの際に祈りや儀式的なものなどがあるのか聞いてみたかったが、それは叶わなかった。いつか聞いてみたい。

日本でタイの納豆「トナオ」を作る

帰国して、さんさんと太陽の光がさす夏の暑い日、自宅で北海道の黒千石という小粒の黒大豆と岩手で採ってきた朴葉でトナオを作ってみた。

黒千石を一晩水につけて、指の腹で簡単に潰れるくらい柔らかく煮る。

洗った葉っぱ(煮沸しても納豆菌は芽胞を作り死なないので、熱湯にくぐらす方が他の雑菌がわきにくいが今回は洗っただけ)で包んで保温できる容器に入れて放置。
念のため納豆菌に祈りつつ待っていたら、3日もかからずうっすら白い膜と、弱いながらも粘り、そして匂いがしっかりあるうまいトナオができた。

日本で作ったトナオ
日本で作ったトナオ

次回はトナオアーチャン(納豆先生)に教わった、タイで出会ったトナオ料理について紹介したい。

フリーランスの料理人、発酵トラベラーの安田花織さんの想い

様々な風土の中、人々が何をどのようにして食べ暮らしてきたのか知りたくて自由に動き回れるよう、5年前にフリーランスの料理人になり、各地の食の風景やそれに携わる人に出会いに旅をしている。

飲食店では、美味しくてお客様に喜ばれ、お店が繁盛し継続出来る料理を作らなくてはいけないと思いながら、かれこれ12年ほど厨房で料理を考え作り続けてきた。
そしてふと、飲食店以外の食について勉強したくなった。
本を読んでもなにかぴんと来ない。
いざ足を運んでその土地の気候や地形を体で感じながらその土地の食べ物を食べたり、その食の成り立ちを聞くと、その食材や料理の事が腑に落ちて、また新たな疑問が生まれる。

私がこの5年間で見て、触れてきたそれぞれの土地の食は、美味い、不味いや、儲かるとか、瞬間的、個人的なものとはまた違った、その土地で生きて行くための知恵が詰まった素晴らしいものだった。

特に、季節や風土に寄り添い、見えない菌を上手に操り、食品の保存だけでなく、旨味や栄養価まで上げてしまう発酵食文化は、地域によって異なっており、とても面白く、毎回驚きと発見がある。

同じものは作れないけど、同じ原理で出来ないものかと実際作ってみると、冷蔵庫でそのまま置いておくよりもずっと日持ちもすれば美味くもなるうえ、明日でも2週間後でも5年後でも常温でゆるやかに台所で待機してくれている。味噌や漬物の発酵食のおかげで、思い立った時に手早く簡単にほっと安らぐ家のご飯がすぐに食べられている。

その土地で伝えられてきた方法で作り伝えていく事はとても大切ではあるけれど、現代の環境に適応させた先人の知恵を次の代に伝えていくのもまた大事なことではないかと思っている。
また、自身の勉強と兼ねて発酵食のある土地を歩き、作っている人に話を聞き、それをヒントに一人暮らしの自宅で色々実験し、それぞれの土地で出会った発酵食の話や成功した料理など伝えている。

こんな暮らしを5年もしているので、面白い食や情報もよく入るようになり、この連載を始めようと思い立った。

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