イベント

2017年12月04日

『腐る経済』を通して考える、わたしたちの生き方と発酵する暮らし

2013年、講談社から出版された『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』はビジネス本のコーナーに平積みされ、4年経った今もさまざまな人が手にしている名著です。
haccola読者の多くはすでに発酵が身近にある暮らしをしているかもしれませんが、それでは、発酵を通して一歩先の生き方・暮らし方について考えたことはあるでしょうか。
そこで発酵を身近にしたあとの生き方について、同著を執筆された「タルマーリー」オーナーの渡邉 格(わたなべ いたる)さんに聞いてみようと思います。

<オーナーの渡邉夫妻
オーナーの渡邉夫妻(photo by 片岡杏子)

野生の菌から天然酵母を採取。昔ならではの製法にこだわったパン屋「タルマーリー」

「タルマーリー」は、2008年に格さん・麻里子(まりこ)さんご夫妻が開業されたパン屋さん。起業されたのは千葉県いすみ市で、その後、岡山県勝山に移転され、さらに2年前には鳥取県八頭郡智頭町(やずぐん ちづちょう)に2度目の移転をされました。

タルマーリーのパン
タルマーリーのパン

純粋培養されたイーストを使わず、天然酵母、それも空気中にいる“野生の菌”から採取するという昔ならではの製法にこだわり、丁寧なパンづくりをされています。

タルマーリー店内カウンター
タルマーリー店内カウンター(photo by 川瀬一絵)

「ビール酵母を使ってパンを発酵させてみたい」という思いから始められた地ビールづくり

智頭町に移転後は、同じく野生の菌を使い、天然水を使用した地ビールづくりも開始されました。併設されたカフェでは、味わい深いパンやピザとともに地ビールが楽しめるという、オリジナリティある場を生み出し、連日多くの方が国内外から訪れています。

野生の菌と天然水を使用した地ビール
野生の菌と天然水を使用したタルマーリーの地ビールとペレットオーブンで焼き上げるピザ

タルマーリーのカフェ
タルマーリーのカフェ

元々は「ビール酵母を使ってパンを発酵させてみたい」という思いから始められたという地ビールづくり。ビール酵母の麦芽由来の酵素が働くため、小麦のデンプンを糖化してくれるので、パンの発酵を長続きさせてくれるのだとか。
つまり、ビール酵母を使い始めたことでタルマーリーのパン生地は長期熟成が可能となり、格さんたちはまた新たな進化を遂げられました。

新たなパン製法と、地ビールづくりという新事業を展開

直感的なひらめきがピタリとはまり、新たなパン製法と、地ビールづくりという新事業を展開する。まるで、菌に導かれたかのように変化し続ける格さんと麻里子さん。今回は、関東各地で講演やイベントに登壇されていた格さんにお会いし、その暮らしについてお話を伺うことができました。

オーナーの渡邉格さん
タルマーリー、オーナーの渡邉格さん

トークイベント、テーマは「微生物の世界から考える私たちの生き方」

登壇前の格さんに少しお話を伺う時間をいただきましたが、そこでまず思いがけないことを私は耳にすることになりました。

「もうパンはやめたんです」

正直とってもびっくりして、何と言ったらいいのか言葉も出てきませんでしたが、その事情を聞いて納得。背景にあるのは地ビールづくりへの展開でした。ビール酵母をもっと追求し、今よりもさらに高みへ進むことを決意。すでにパン工房におけるベストポジションをお弟子さんに譲り、格さんはビール職人へと転換しはじめたところでした。

“発酵”は若い世代に任せて、自分は“熟成”を

「若い世代の感性や成長がものすごくてね。自分には無いものを持っている人たちです。だからパンのような“発酵”は若い世代に任せて、自分は日本酒や地ビールみたいに“熟成”のほうが良いかなと思って。」
さすが、醸造家の考察!
微生物たちが発酵の過程において、適時に、役割分担をするかのごとく、今ご自分がどこで何をするのが良いかを体感されているようです。

主催の但馬武さん、ゲストの寺田本家の寺田優さんと共に語らう

この日はソーシャルアントレプレナーとともに興味深いテーマで開催されているトークイベント。主催の但馬 武(たじま たけし)さんはこの日のテーマを「微生物の世界からいま、私達の生き方を考える」と題し、ゲストに格さん、そして寺田本家の寺田優さんを迎えて都内で開催。なんと100人を超える来場者で会場はとても賑わっていました。

イベントの様子
左から格さん、寺田本家 24代目 寺田優さん、イベント主催の但馬 武さん

このお三方で昨年もトークイベントを開催されたそうで、前回に続き2回目!という来場者のかたも。また、格さんと寺田さんは、タルマーリーが千葉で起業されたときからという長いお付き合い。主催の但馬さんも現在、鳥取でのお仕事先がタルマーリーからとても近いということで息ぴったりのお三方によって、イベントは終始なごやかな雰囲気でした。

寺田優さんによる、寺田本家の紹介や蔵人たちの多様性について

イベントの様子

トークは寺田さんのお話からスタートです。寺田本家の紹介や蔵人たちの多様性について。年齢や性別に限らず、食材に対する意識や、歌うこと(寺田本家では酒造りの工程で蔵人がみんなで歌う「仕込み歌」が有名)に対する意識の違いなど。また、家族のように仲間を信頼しており、特別な理念やルールは設けていないというのがとても興味深いお話でした。

渡邉格さんによる、地ビールへの想い

続いて、格さんのお話へ。

格さんのお話へ。

スライドを見せながらとてもリズミカルに話す格さん。冒頭で、パン職人からビール職人に「転職した」と話すと、会場のみなさんもとても驚いていましたが、「寺田本家のお酒のような地ビールを作りたい!」という情熱的なお話に引き込まれます。

現在のタルマーリーは、鳥取市から車で約45分、電車だと1時間半ほどで到着する山奥に位置し、林業が盛んなエリアならではの緑豊かな地。野生の菌をおろすために、空気の良いところを求めて引越しを繰り返してたどり着いたんだとか。

現在の場所に移転してから「まだ2年」。“まだ”とおっしゃる理由も菌のことでした。

「寺田本家のように何百年も続いてる蔵は菌が多くて降ろしやすいけど、ウチはまだ2年目。菌がうまく取れないこともあるし、取れても腐敗することだってあります」
しかし「この先ちゃんと年月を掛けて、寺田本家みたいに菌の採取ができる場を作り上げる」と、頼もしい未来計画も教えてくれました。

イベントの様子

「野生の菌を降ろすと、社会問題がよくわかる」

野生の菌を降ろすと、社会問題がよくわかる」という格さん。
それは一体どういうことでしょうか?

過去に実際経験されているそうですが、従業員との人間関係や、作り手の心理状況はパンの発酵に影響し、うまく膨らまない、もしくは腐敗することもあり、パン工房内の環境作りに細心の注意をくばりながらこだわっているそう。石鹸や化学物質はもちろん使いません。
さらに工房を一歩出た、外の環境=「地域」も大切な要素として捉えているとのこと。地域の仕事に関わり、地域の恵みを使い、地域の人と支えあうこと。そして地域や行政と良い関係が築けたら、さらにその外側=「国家」にも良い国家運営をしてもらわないと困る。だからこそ、市民としてきちんと政治に関心を持ち、自ら参画することがいかに大切か。

一人ひとりが努力してこそ良い社会が築ける。
わたしたちにはそうして社会を良くする役割がある。
そのために、地域の中で循環する経済を大切に築きたい。

格さんは、「菌たちがちゃんと活動できる社会のために仕事をしている」、と言っていました。

発酵の条件を紹介する格さん

発酵と地域内循環のイラスト

「労働力」よりも「時間」が搾取されている現在

書籍『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』では、ご自身の経験から“行き過ぎた”資本主義経済に警笛を鳴らし、業界の垣根を超えて多くの人に、“労働力”が搾取されていると気づかせてくれましたが、現在は労働力というよりも“時間”が搾取されているという考えに変わられたそうです。

書籍「腐る経済」
書籍『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』

自分の本心を横に置き、システマティックな思考が優先されると、思考が傾き始める

自分の本心を横に置き、それよりも効率よく・合理的で・論理的にというシステマティックな思考が優先されると、物事を自分都合にとらえ、思考が傾き始める。そして結局は自分たちの首が締まる悪循環を起こしてしまう。結果として、疲弊した人、心が風邪をひいた人、体調を崩した人などがこんなにも社会に増えてしまいました。

主体的に動き、失敗を恐れない

そこで格さんは、私たちがすべきことを示します。
それは「主体的に働く」こと。

自ら、楽しんで仕事をすること。さらに「失敗もしたほうが良い」と言います。その理由は、失敗し、あるいは、失敗を許すことによってコミュニケーションが深まるからだそう。かつて、ものづくりの場ではそうしたコミュニケーション文化があり、その中で徹底的に楽しみ、そして自らを高めながら働いていたんですね。

地ビールづくりの様子
格さんによる地ビールづくりの様子

また、「論理的」も度が過ぎないほうが良い、と言う格さん。論理的に脳で考るクセが固まると、人は自分都合の考え方が強まってしまうもの。だから時には脳を鍛えることから解放し、自分の体が求めていることに注力をしよう、と。

ものづくりの場に欠かせない職人さんたちは、毎日毎日同じことを繰り返して鍛錬し、自らの体に覚えさせることで匠のスキルを体得してきました。しかしいつの間にか私たちは、現代社会で脳の鍛錬ばかりを強めてしまったようにも思います。

一人ひとりが自己肯定を高め、ハッピーであること。その積み重ねが社会をよくする

格さんいわく「暮らすことは、思想とつながっている」もの。柔軟な思想の上に「仕事」があれば、時間は「すべて自分のもの」となり、自分にとって矛盾のない時間の使い方ができる。
そして、自分が満足できる時間の使い方をすると「自己肯定感」に満たされる。一人ひとりが自己肯定を高め、ハッピーであること。その積み重ねこそが社会をよくするんだ、というお話でした。

タルマーリーのパン
タルマーリーのパン

タルマーリーというたのしい菌が世界へ

いろんなことがある日常のなかでも「菌と一緒の暮らしを楽しむ!」という気持ちが伝わってくる格さんと麻里子さんの元には、日本各地にとどまらず、台湾や韓国といった外国のお客様も多いそうです。日本一人口が少ないと言われる鳥取県の、さらに電車が1日に8本だけという智頭町へ、これほどの人が集まるタルマーリーの魅力。
それは、菌という目に見えないサイズの微生物から、地球という惑星の未来までを考える、大きくて多様性を大切にする思想がタルマーリーにあるからだと感じました。

関連リンク

タルマーリーhttps://www.talmary.com/
田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062183895
オンライン書店:amazon / honto / 紀伊國屋書店 / その他

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」

やなぎさわ まどか

やなぎさわ まどか

フリーライター/ 通訳翻訳コーディネーター。10代後半から20代前半の海外生活後、英会話学校のマネージメントやコンサルティング企業に勤務。2011年3月の震災を機に、兼ねてから興味のあった農的な暮らしへの移行を求めて退職。現在はフリーランスにてライターやマネージメントの活動をしつつ、自然との繋がりを深める暮らしの実践中。心はいつでも旅人のままであり、自由と安定のバランスを模索する日々。 Instagram

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