発酵ファンにはたまらない『サンダー・キャッツの発酵教室』。出版社は? と見ると、「ferment books」という初めて見る名が。「Ferment=醸す」ではないですか! これはますます気になる…。というわけで編集を手がけたワダヨシさんに会いに、「ferment books」を訪ねました。翻訳家の和田侑子さんと編集者のワダヨシさんご夫婦が2人で営む出版社です。サンダー・キャッツ氏との出会い、出版までの経緯やワダさんが考える「発酵文化」についてお聞きしました。
サンダー・キャッツの発酵教室
ブックフェアのフードブースで見つけた一冊のzineから始まった、『サンダー・キャッツの発酵教室』
『サンダー・キャッツの発酵教室』を出版するまでの経緯を教えていただけますか?
『サンダー・キャッツの発酵教室』を出版した「ferment books」のワダヨシさん
ワダヨシさん(以降、敬称略):原本の「Wild Fermentation」に出会ったのは、2014年の東京アートブックフェア(※)でなんです。飲食店も出店しているおもしろいブックフェアで、ブリトー屋さんに置いてあったzine(ジン:個人で制作する冊子)がそれだったんです。
(※)東京アートブックフェア:THE TOKYO ART BOOK FAIR。2009年にスタートしたアート出版に特化した日本で初めてのブックフェア
えっ、ブリトー屋さんですか。あの、メキシコ料理の?
ワダ:「カクタス・ブリトー(CACTUS BURRITO)」という武蔵新城にある南カリフォルニア・スタイルのブリトー屋さんなんですが、店主の谷奈緒子さん(今回の本の翻訳も協力)は、アメリカにもよく行かれていて、zineを発行するポートランドの出版社、Microcosm Publishing(マイクロコズム・パブリッシング)の正規代理店もしている、ユニークなレストランなんですよ。それで、ブックフェアでこのzineも販売していたというわけです。
ポートランド、いま人気の都市ですよね。確かに、そんな雰囲気ありますね。
ワダ:若い人たちが新しい価値観のカルチャーを生み出していますよね。今までにない発酵カルチャーのzineを片手に、ブリトーを食べながら、「こりゃあ、おもしろい」とワクワクした覚えがあります。
その時、まだferment booksはなかったんですよね。
ワダ:そうなんです。自分たちの出版レーベルを立ち上げようというプランはあったのですが、まだ具体的ではなくて。でも、相方が翻訳家なので、この本は絶対翻訳版を出したいと思い、版元のMicrocosm Publishingの社長にすぐメールで連絡してやりとりしたんです。社長は「おー、いいよ、いいよ」って感じだったんですが、あとから「あっ、でもエージェンシーを通してね」って(笑)。そして正式に翻訳権を買いました。
『サンダー・キャッツの発酵教室』、発酵という言葉に込められたメッセージ
この本のどこにいちばん惹かれたんですか?
zine『Wild Fermentation』を原点にして作られた『BASIC FERMENTATION』(右)と『サンダー・キャッツの発酵教室発酵教室』(右)
ワダ:最初に手に入れたzineは、まだ写真もあまり入ってない簡素なものだったんですが(注:その後、写真入りも発行される)、なんだろうなぁ、単なる発酵料理の手引き書じゃない、カウンターカルチャーというか、何か新しいパワーや匂いを感じたんですよね。発酵というテーマで、いろいろなことを語れそうな。
その後サンダーさんに会ったのは、来日時の2016年ですか? ワダさんもザワークラウトのワークショップに参加されていたんですよね。
ワダ:そうです。あのワークショップ(※)はとても人気で、ギリギリ滑りこんな感じでした。その頃はもう翻訳本を出すことは決まっていて、出版社も一応立ち上がっていましたから、サンダーさんに名刺を渡したら、「ferment books」という僕らの屋号をすごくおもしろがってくれました。
(※)「【ザワークラウトの作り方】発酵のニューリーダー、サンダー・E. キャッツさん初来日!」という記事でレポート
あのイベントはおもしろかったですね。
ワダ:単なるデモンストレーションでなく、全員が作りましたからね。日本人は潔癖性の人が多いから、瓶の消毒とか、塩の分量とか、手は洗わなくていいんですか?とか、いろいろ気にしていましたが、「そこじゃないんだよ」ということを彼は伝えられたのではないでしょうか。消毒や滅菌など“悪い菌を殺すことを優先”するよりも、良い菌を生かすことが発酵の楽しみ。これは、多様性や共存という意味で、食以外のことも語れますね。
サンダー・エリックス・キャッツさん
この本の中にも、サンダーさんのメッセージが散りばめられていますね。
ワダ:AGITATION(※)「発酵と社会の変革について」というページがありますからね。普通の料理本にはないですよね、こんなページ。パンクなんですよ、サンダーさんは。Fermentation(=発酵)には、「広がり」や「変容」という意味があるほかに、「混乱、騒動、扇動」という第二の意味もあるんです。「Wild Fermatation=野生酵母」ですが、Wildにも「無法」とか「野蛮」とかの意味がありますよね。発酵を通して、社会の変革を担っているという意識があるのだと思いますよ。
(※)AGITATION:アジテーション。演説などによって大衆の感情や情緒に訴えること。
発酵世界への入り口として、『サンダー・キャッツの発酵教室』に触れてほしい
装丁すてきですね。チョークボーイさんの手描きというのはインパクトあります。『発酵教室』という日本版の書名も際立っていますね。
サンダー・キャッツの発酵教室
ワダ:チョークボーイさんは、いろんな飲食店とコラボしている人気アーティストなので、お願いできてラッキーでした。書名は日本語を大きくしてもらいました。彼の日本語のタイポグラフィー、好きなんですよ。紹介してくれたのは、デザインを担当してくれた川邉雄さん。彼は兵庫県の西宮で自家製天然酵母のパン屋さんをやっているデザイナー兼パン職人なんです。カクタス・ブリトーの谷さんには翻訳を手伝ってもらい、中のエッセイは麹料理研究家のおのみささん。関わっているスタッフが全員「食」関連っていうのは、この本のウリのひとつです。
ワダさんご自身も、日頃、発酵食品を作っていらっしゃいますか?
『サンダー・キャッツの発酵教室』を出版した「ferment books」のワダヨシさん
ワダ:そんなにたくさんは手がけていませんが、ザワークラウトやパン、ぬか漬けなんかは作りますね。みそは、ひよこ豆や小豆なんかも挑戦しています。けっこうおいしい。おすすめです。毎回同じように作っても、微妙に味わいが違うものができるのもおもしろいですね。
『サンダー・キャッツの発酵教室』を読んで、発酵をもっと自由に楽しんでいいのかな、という気になりました。
ワダ:それは嬉しいです。重要なことは、レシピ通りに作り上げることじゃない。仕込んでいる最中や仕込んだあとに、いろいろ観察してほしいということなんです。菌は生きていて、変容し続けます。それがおもしろいんですよね。たとえばテンペのページには、夕方仕込んで、一晩放って、朝起きた時のドラマティックな変化(ふわふわとしたカビが生えている)を目撃してほしいとサンダーさんは書いています。この本を入り口に、発酵世界のおもしろさを知ってもらえたらと思います。
出版社「ferment books」の名前は、「Ferment=醸す」という意味です。今後も発酵関連の本を出される予定ですか?
味の形 迫川尚子インタビュー (ferment vol.01)
ワダ:サンダーさんが言うような「発酵」という言葉がもつ二重の意味を、常に意識していたいと思っています。出版社としては『味の形 迫川尚子インタビュー (ferment vol.01) 』という本を最初に出して、これが2冊目。食関係の本は今後も出していきます。個人的には、いまタイの発酵食品に興味があるんですよ。トゥナオ(納豆の一種)やナンプラーは知られていますが、もっといろんな発酵食品がある。来年取材に行ってきます。
✔関連記事
タイ、チェンマイの納豆「トナオ」前編:トナオとは何か?【諸国菌食紀行】
タイ、チェンマイの納豆「トナオ」中編:トナオ料理を食べる【諸国菌食紀行】
タイ、チェンマイの納豆「トナオ」後編:トナオを作る・料理する【諸国菌食紀行】
ありがとうございました。ハッコラでもぜひ、タイの発酵食の旅のレポートをお願いします!
関連リンク
ferment books
味の形 迫川尚子インタビュー (ferment vol.01)
東京アートブックフェア(THE TOKYO ART BOOK FAIR)
カクタス・ブリトー(CACTUS BURRITO)
Microcosm Publishing(マイクロコズム・パブリッシング)
サンダー・キャッツの発酵教室
サンダー・キャッツの発酵教室
著書名:サンダー・キャッツの発酵教室
購入:amazon/hontoなどのウェブショップほか、全国の書店(※取次JRC経由で注文可能です)
著者:サンダー・エリックス・キャッツ
翻訳:和田侑子(ferment books)、谷奈緒子
編集:和田義彦(ferment books)
表紙手描き:CHALKBOY(チョークボーイ)
装幀:川邉雄(自家製天然酵母パン Pirate Utopia)
出版元:ferment books
■ザワークラウト、味噌、サワードウ・ブレッド…。アメリカ発酵食シーンのリーダーによる、最もベーシックで、最もカウンターカルチャーな発酵D.I.Y.ガイド。
ザワークラウト、味噌、サワードウのパン、インジェラ、エチオピア・ハニーワイン、甘酒、塩水でつくるピクルス、ヨーグルト、ケフィアなどのレシピを掲載。『スペクテーター ポートランドの小商い』でも紹介されたカウンター・カルチャーな出版社「マイクロコズム・パブリッシング」からリリースされた歴史的ZINEであり、著者の処女作でもある『Basic Fermentation』の日本語版。著者のワークショップに参加したときのように、もっともベーシックな発酵DIYを学びながら「発酵リバイバリスト」たるサンダー・キャッツ哲学に親しむことができる。
■日本語版特別記事
長野県・木曽地方に伝わる無塩の漬物「すんき」を求めて旅する、サンダー・キャッツ氏の発酵ツアー同行リポート。
取材・文:おのみさ(麹料理研究家)
撮影:間部百合
編集協力:宇川静