世界一固い食べ物と言われる「かつお節」。和食には欠かすことができない大切な出汁を引く食材です。しかし私たちはどのくらいかつお節について知っているでしょうか?「かつお節ならまかせて」というベテランさんから「出汁を取る余裕なんてない」という方にまで、ぜひとも聞いていただきたいかつお節のお話をお届けします。
東京・晴海にある通称「鰹節センタービル」。かつお節の問屋さんが数社集まり、各社がそれぞれの商品加工や保管、販売などをする場所で、タイミングによってはビルの外にまでほんのり香ばしい香りが漂うところです。
お話をうかがったのは、かつお節問屋タイコウの代表である稲葉泰三(いなば たいぞう)さんと、大塚 麻衣子(おおつか まいこ)さんのおふたり。お父様から同社を引き継いだ二代目であり、同時に、かつお節のおいしさを最大限まで引き出す「目利き」でもある稲葉さんと、その稲葉さんに付いて目利きとして見習中の大塚さん。それぞれのバックグラウンドも手伝って、奥の深いお話をうかがうことができました。
タイコウ代表で目利きの稲葉さん(左)、神澤さん(中央)、料理人からかつお節業界に転向した大塚さん(右)
かつお節は熟成しておいしくなる。見て判断する「目利き」の技
かつお節は、生のカツオを仕入れたかつお節職人が製造し、タイコウのような問屋さんがかつお節として仕入れます。業界では長い間、仕入れたかつお節を見極めて問屋が品質を向上させ、料理屋・料亭などへ販売、あるいは削り加工屋さんに出荷したりして市場に出していました。
そのサイクルも時代とともに変化し、現在タイコウでは目利きの稲葉さんたちが品質を向上させながら、さらに削り加工も行うなど、製造以降の工程全体に関わっています。
ではまず、かつお節の「目利き」とは、一体どんな役割りなのでしょうか。
「目利きは、届いたかつお節全てを一本ずつ入念に手入れをし、最高においしい状態になるまで熟成させる仕事です。タイコウのかつお節は、鹿児島県近海で獲れたカツオから始まり、おおよそ半年間の製造期間を経てうちに届きます。作り手は、宮下誠(みやしたまこと)さんというかつお節職人と彼のご家族で、うちとはもう40年以上の付き合いになります。丁寧に昔ながらの製法を守って作ってくれて、ときどき意見交換などもしながらいい関係性を築いてきました」(稲葉さん)
「目利きは、目で見て品質の良さがわからなくてはいけません。ただ並べて日に干しているだけに見えるかもしれませんが、見ための形状だけではなく、生のときのカツオの鮮度、魚質、かつお節職人の技術力、乾燥具合なども細かく見ています。特に「姿売り」といって、このままの形で販売するものは厳選します。うちのかつお節を使ってくれる料理人たちは一流の方が多く、タイコウのかつお節に期待してくださってる方ばかりなんです。全てのお客さまに喜んでもらえるいい仕事をしたいですからね、料理人によっても出汁の味の好みが異なりますから、これが良いかな、とか、あの人にはこっちの方がいいだろう、とか考えてますよ」(稲葉さん)
「天気のいい日はこれらの箱を開けて、2000とか3000本のかつお節を手にして、品質を全体的に揃えることをしています。少しでも迷ったら選ばない、と決めています。先代からも「迷ったら下もん(品として低い方の意味)にしろ」と教わってきましたからかね」(稲葉さん)
さすが、匠の心は厳しいですが、品質を見極めるプロとしての責任感に満ちている稲葉さんの言葉。稲葉さんに付いて日々かつお節を管理する大塚さんも、品質へのこだわりと信頼がありました。
「うちにくるかつお節は本当に、すっごく良いものだからこそ、さらに良いものにするタイコウの基準も高くなるんですよ。最初は稲葉さんの厳しい基準にびっくりしましたけど、でもそれだけ品が良いと自信にもなるので、新規のお取引先に営業するときも落ち着いて堂々としていられます」(大塚さん)
稲葉さんの目にはまるで、私たちには見えないものが見えているかの様でした。
「かつお節を手にした時点で、生のカツオだった時のことが大体わかります。(驚く筆者に対して)だってそれが目利きの仕事ですから。
生きていたカツオが1本釣りされたのか、巻き網で捕られたものか、見るだけで当然わかりますよ。一尾のカツオから4本のかつお節(本節)が出来るので、どれがどの部位だったかもちろんわかる。かつお節に適しているのは5〜6キロサイズのカツオなんですけど、かつお節を見れば元のカツオがどのくらいの大きさだったかもわかります。それに、生のときの状態だけでなく、かつお節の作り手の技術力や、その時の様子・気持ちだって理解できます。名人級の職人だったら、かつお節を見たときに誰が作ったのかもわかりますね」(稲葉さん)
お話を聞きながら「すごいですね」と連発してしまいましたが「だってそれが仕事だもの(笑)」と優しく笑う稲葉さん。日本では最後のひとりになってしまったかつお節の目利きとして、また、職人的な誇りの高さにも心を打たれました。
「かつお節は熟成することでおいしさが変わります。早めに利用したようがいい節もあれば、寝かして熟成させておいしくなるまで育てることもあります。大体うちで数週間から数ヶ月、長いもので1年くらい管理して、いずれにしても最高の熟成になるまで販売しません。
もちろん、すでに十分おいしいですよ、うちのかつお節は。でももっといい状態にして送り出してあげたい、例えるならワインを熟成させるみたいな感じです。僕たちにとってはたくさんある中の1本でも、手にした人にとっては唯一の1本、もしかしたら生まれて初めて手にするかつお節かもしれない。そう思ったら、100点満点のものを渡したいですね」(稲葉さん)
タイコウのかつお節は漁から違う。こだわりには科学的な理由が
近海で一本釣りされたカツオを使ったかつお節が理想という稲葉さん。一本釣りにこだわる理由は、ただ昔ながらの製法だからということではなく、「おいしさが全然ちがう」と断言します。
実は、かつお節の旨味成分である「イノシン酸」は、海で元気に泳いでる生のカツオには含まれていません。一本釣りされたカツオが死後硬直中、それまで筋肉を動かしていたエネルギー物質「ATP」がイノシン酸に生まれ変わることで出来るものなんだとか。
「かつお節は“イノシン酸をカツオの身に閉じ込めた”もので、職人・宮下誠の高度な技術力の賜物です。近海のカツオを活かし、おいしさいっぱいのかつお節を作る職人の技術力、そして、そのかつお節を活かしておいしく育てる目利きがいることでお客さまに届けられます。
カツオは死んでいますが、かつお節は生きてるんです」(稲葉さん)
しかし、近年では効率よく大量に捕獲できる「巻き網漁」が主流になってしまいました。一本釣りと違い、巻き網ではカツオが激しく暴れて苦しみながら死んでいきます。大量のカツオが一気に大暴れするため、なんとカツオの身が煮えそうな水温にまで上がるそうで、カツオはその間にATPを使い果たし、結果的にイノシン酸は著しく減少してしまいます。また、暴れることで体内に乳酸が増加し、酸味を帯びたかつお節になってしまいます。仕上がりのおいしさが「全然ちがう」と言われるのも当然のことでした。
また近年では、日本近海ではない遠洋漁業の大型船で一本釣りをする船もあります。この場合、目的は生食や加工食用ですので、釣り上げ後は鮮度を保つために生きたまま冷凍されています。つまりカツオが死後硬直しないためイノシン酸は生成されず、かつお節には向いていません。もしもかつお節にしたら、全く味もおいしさもないかつお節になるそうです。
実はこれは、タイコウのかつお節がおいしい理由のひとつでもありました。実際、お出汁を取る際にも他社製品の半分から1/3の量で十二分においしい出汁が引けるほど旨味がたっぷりで、沸騰させたりグツグツ煮出すなど、多少手荒く扱っても大丈夫。また、濾すときにぎゅっと絞っても苦味は出ません。こちらの記事でもご紹介しますが、かつお節は庶民の出汁として、簡単・便利・おいしいからこそ、こうして広く世間で伝わってきたんですね。
そしてさらに、巻き網と違って一本釣りは釣り上げる量にも限界があり、獲りすぎることがありません。環境負荷という視点で考えても一本釣りの大切さは明らかなのでした。
元祖・エコ食品。現代のソーシャルな課題も解決する伝統食材
稲葉さんと大塚さんのお話を聞きながら、こうして昔からの製造方法を続けるタイコウのかつお節は、昨今しきりに話題になる社会的観念の項目をいくつもクリアしていることに気づきました。
「そうなんですよ。素材の持続可能が問われるサステナビリティも、一本釣りなら海や鰹の資源そのものを大切にしていますし、うちは作り手との信頼関係もあるので、加工の過程を明らかにするトレーサビリティも明確です。ちなみに稲葉さんは、出荷の直前までかつお節を厳選します、削り加工も自分でやってますからね(笑)」(大塚さん)
SDGs>国際連合広報センター
また、昨今注目されることが多い国連のSDGsの17目標も然り。栄養豊富な食品ということで2.飢餓問題と3.健康と福祉、働き方や伝統技術を支える8.働きがいと経済成長や9.産業と技術革新、地域産業としての11.まちづくり、さらに生産者から仕入れて販売している問屋業は12.社会責任、そして直接的に環境問題に関係する13.気候変動対策、14.海洋問題、15.自然環境もクリアしていますし、他の項目とも無関係ではありません。
ここまでお話を聞き、知ってるつもりでいたかつお節についてあまりにも知らないことが多い自分に驚きました。かつお節が誕生したのは今から約1500年前。現在のかつを節の形になったのが、江戸時代です。もちろんその当時は全てが一本釣り漁でした。
一本釣りよりも巻き網漁が台頭したのは昭和50年代、ほんの40年ほど前のことです。この短期間で漁法の割合が変わった最大の要因はコストですが、それにしてもたった数十年の間に、巻き網漁は実に全体の99%を占めるようになりました。
獲り方が変わり、作り方が変わったかつお節については、稲葉さんがおっしゃるように、もはや江戸時代のそれとは“全然ちがう”と断言されるのも当然でしょう。ただ、わたしたち消費者がこうした現実を知らなくてもいいのでしょうか?
どれを選ぶ?消費者ができることは、正しく知って選んで買うこと
読者の皆さんの中でも「毎日かつお節を削って出汁を取っている」という方は多くないかもしれません。もしかしたら「子どもの頃はかつお節を削るお手伝いをしていた」という方はいるかもしれませんが、現代のライフスタイルではなかなか難しいことも多いですよね。おそらく「すでに削ってあるものを買っている」という方が多いでしょう。
すでに削ってあるかつお節は、削り節、または見た目が花びらのようであることから「花かつお」と記されていることもあります。原材料表記には「かれぶし」とか「かつおのふし」などと書かれていることがほとんどで、原材料が1本釣りされたかどうかや、近海の海で獲られたかどうかは表示義務がないため、作り手のこだわりが伝わりにくくもあるのです。
かつお節に限ったことではありませんが、品質表示だけでは分からないこと、特に、作り手のこだわりや情熱を知ることは、消費者として大変重要です。誠意ある作り手が今後も安心して活動し続けられるように、消費者としても学び続けることが大切だと改めて感じました。
稲葉さんと大塚さんには、さらに改めて、かつお節の製造過程や製品の違い、普段の使い方などについても教えていただきました。