発酵界では言わずと知れた、発酵冒険家・なかじさんが主宰する「麹の学校」が、2017年4月21日から23日にかけての2泊3日間、滋賀県は琵琶湖の西側、“発酵するまち”としても注目を集める高島市で開催されました。今回はその1日目をレポートします。
発酵冒険家・なかじさんの「麹の学校」とは?
ハッコラでもレポートさせていただいた『発酵祭 in 大阪』主宰のなかじさんは、全国各地で麹の作り方から発酵を取り入れる暮らし、体をゆるめるボディーワークなどの講座を開き、発酵する生き方をたくさんの人に説きながら人生の旅をしています。
この「麹の学校」とは、なかじさんが、千葉県神崎町の酒蔵『元自然酒寺田本家』での蔵人としての経験を生かし、3日かかる麹づくりを泊りがけで初めから最後までつきっきりで参加者に伝授する、というまたとない機会なのです。
麹づくりには「待つ」という時間が長くありますが、この時間を使ってなかじさんの座学が組まれ、麹を実際に家庭で作れる知恵と技術、麹の文化や歴史などのお話しを通して、発酵して健康に幸せに生きてゆく在り方を紐解いていきます。
“発酵するまち”、滋賀県・高島市とは?
今回のロケーションに選ばれた滋賀県の高島には、古くから発酵文化が育まれてきました。
豊かな自然に囲まれ、年間を通じて高湿度という発酵に最適な環境から、ここでは昔から鮒寿司やお漬物などの発酵食が各家庭の台所で受け継がれており、市内にも造り酒屋が5軒、醤油・味噌・酢などの醸造元があります。
琵琶湖には比良山系から流れる清らかな水が流れ込み、鮎や鮒など湖魚を育て、またその水は米や野菜といった農作物と、それをもとに仕込まれる発酵食品までを美味しくするという理想的なサイクルが成り立っています。
いよいよ、「麹の学校」の開催です
4月の暖かい日差しの差し込む中、湖西線に揺られながら高島市に向かいました。
美しい自然に囲まれ、清らかな水が流れるこの高島市・安曇川駅に降り立つと、発酵料理研究家の他谷昌子さんが迎えてくれました。
開催場所は、野草に囲まれた庭に佇む一軒家「ハーブの家」
他谷さんは、“発酵のまち”高島市で、心と体に優しい料理を提供する『美食倶楽部』の運営や『発酵つながり隊』隊長として、町おこしや発酵文化の普及に携わってきたパワフルな女性です。
今回の「麹の学校」は、他谷さんが切り盛りする「ハーブの家」で開催されました。「ハーブの家」は、その名の通り野草に囲まれた庭の中に佇む、どこか懐かしい一軒家。その周りでは、たくさんの参加者の方たちが楽しそうに地面に這いつくばって野草を摘んでいました。みなさんはもうすっかり打ち解けてきたようで、すでに和やかな雰囲気です。
そんな中、今回のイベント「麹の学校」の伝道師であるなかじさんの登場です。この庭にいる誰もが少しはしゃいでいて、この場にいられる幸福感が漂います。ゆったりとした雰囲気の中、ワークショップはまず他谷さんの作る発酵ランチから始りました。
発酵料理研究家・他谷昌子さんの発酵ランチ
他谷さんは、地元の食材を生かし、醤や甘酒など天然醸造のものを調味料としてふんだんに使った、体に優しいく、消化に負担のかからないお料理を提案しています。「発酵食をもっと家庭に取り入れてほしい、高島の素晴らしい発酵食文化や安心安全な食材についてもっと皆に知ってほしい」というのが彼女とその仲間たちの強い想いがこもった発酵ランチをいただきます。
この日は、甘酒につけた肉みそ、畑ちゃん味噌(高島の味噌)で味をつけた「醸しにくみそ」、お庭のセリと人参の胡麻和え、ひじきの煮物、カブの葉っぱの塩もみ、無農薬のかぶスライス、万木カブのお漬物などなど。
お皿を運びながら皆の体温が2度くらい上がります。体にしみわたる、心のこもったお料理でした。
なかじさん直伝の「麹づくり」がスタート
「麹づくりは、米の蒸しで9割成功が決まる」
和気あいあいとしたランチのあと、いよいよ「麹の学校」1日目が始まりました。
今回使用するお米は4キロのササニシキ。事前に12時間浸漬し、90分ほど水切りしたものを、これまた年季の入った和蒸籠に入れて薪火で蒸していきます。
お米の蒸し具合は『外硬内軟』
合言葉は、『外硬内軟』。グミのような感触になるようにお米を蒸すのがコツなのだそうです。
米粒は、水の中で躍らせながら炊くとアルデンテになってしまいますが、蒸すと外側は硬いまま、中まで火が通っているという理想的な状態になります。
べちゃ米にならない、『ぬけがけ』というお米の蒸し方
また、お米を包む蒸し布は濡らしません。濡らすと、いわゆる水分過多の「べちゃ米」を作る要因になります。
また、お米は一気に全部蒸籠にいれるのではなく、少しずつ、蒸気の通ったところから入れていきます。これは、私自身も見たかった『ぬけがけ』という蒸し方で、お米が中で団子になってべちゃ米になることを防ぐ方法のひとつです。
蒸し布に包まれ、和蒸籠に入れられたお米からは神秘的ともいえる雰囲気が漂います。
お米を全部入れ終え、蒸蓋を閉じてからは約40分、70%ぐらいの火加減で蒸していきます。
お米の状態、環境によって蒸し時間は変わってくるため、毎回蒸米の状態を見て調整していくのが鉄則です。
道具は、木製が最適。蒸している途中に結露が生じ、また暖かいほうに水分がたまるため、金属で蒸しをやるとべちゃべちゃになってしまう可能性が高いのです。その点、木は水分を吸収してくれます。
お米が蒸せたら、実際に掌で練ってみて、ひねり餅ができるかどうかで蒸し状態を確認します。ここで芯が残っていた場合は、蒸しを延長します。
お米の温度を下げる『蒸しとり』という作業
『外硬内軟』を達成できていたら、蒸し米を引き上げ、手でかたまりをほぐしながら全体の温度を40度くらいまで下げていきます。この作業を『蒸しとり』といい、参加者全員で手を差し込み、米粒に触れて体感として米の状態を学びました。
なかじさんは、蒸しとりに帆布(キャンバス生地)を使います。水を吸わない化繊よりも、綿の方が扱いやすいのだそうです。おすすめは、厚めの「高島帆布」。『たかしま まるごと百貨店』で購入ができます。
麹菌をお米につける『種きり』という作業
お米が蒸せたら、いよいよ『種きり』です。お米のかたまりをほぐして、種麹をお米一粒一粒につけていきます。
使用する種麹の平均量は、米1キロにつき1グラム。これを3回に分けて蒸米に振りかけていきます。
これで少ない場合は、はったい粉や米粉で増量してもよいらしいです。実際に昔の農家さんなどはこのような方法をとっていたそうです。
蒸米は、四角く、厚さ3センチくらいに広げていきます。種麹を落としたら、胞子が落ち着くまで数秒待ちます。そして、ブロックごとに米を裏返して隙間ができないように伸ばし、そして種を落としてまた待ちます。
元自然酒をつくる寺田本家で蔵人をしていたなかじさん特有の、個性的な種きりスタイルをみんなで凝視します。
抹茶の缶にいれた種麹を、慣れた手つきで、でもとても丁寧に米粒に落とします。
コン、コン、コン…と小気味よい音をたててなかじさんはリズミカルに、そしてシステマティックに一列ずつ種づけをしていきます。
この時、種きりをする環境の一切の風の動きを絶つことが重要になるそうです。
「窓から入るすきま風とか、エアコンとか…あと走り回るこどもとかを止める」というなかじさんのコメントが笑いを誘います。
種をつけたら、温度が下がりすぎないように素早く蒸米を混ぜ込んでいく。目標は、お米一粒一粒に胞子が付着すること。麹菌の菌糸は、米の表面に胞子がついた部分から中へと伸びていきます。ここで胞子がついていない米は、最後までただの蒸し米でしかないのです。
自然に発芽するのを待つ『床入れ』という作業
種きりが終わったら、『包み込み』。キャンバス地で米を包み込み、温度計をさして、ビニールに入れます。その上から毛布をかけ、湯たんぽなどの保温材を使い、32℃前後を維持できるようにする。この状態を『床入れ』といい、18~24時間、発芽を待ちます。
発芽を均一にする『切り返し』という作業
この後は、そっと麹菌が自分たちで手足を伸ばしていくのを辛抱強く待つのですが、包み込みから約8~12時間後に、『切り返し』という作業があります。
これは、蒸米の固まりの外側と内側で発芽の状態に時間差がでることを防ぎ、均一化するために行われます。ただしこの時点で30℃を切っていたら、このステップは飛ばしたほうが良いそう。十分に温まっていない米の固まりを開封してしまうことで、必要な水分が飛び、温度が下がりすぎてしまうからです。
切り返しの時点での蒸米の様子がこちら↓
分かりづらいかもしれませんが、米粒にポツン、と白い芽が生えているのが見えます。温度が下がらないように手早く固まりを崩し、内側と外側を入れ替えます。そして、また山にもって、包み込み。この時点でも全員で手を入れて、温度や米の感触を感じてみます。
午後23時。
こうして、初日から盛りだくさんのなかじさんの「麹の学校」1日目は幕を閉じました。
このままのテンションで3日間過ごしてしまったら、きっと参加者全員が一緒に発酵してしまうに違いありません。
旅疲れと興奮覚めやらぬまま、著者はなんとか眠りにつくのでありました。(続く)
教えてくれた方
なかじ(南 智征)さん
発酵冒険家・麹文化研究家・瞑想家・「みなみ屋」主宰。
・「腸と発酵とココロとカラダ。 なかじの発酵と冒険の日々」
・「みなみ屋」
サポートしてくれた方
他谷昌子さん
発酵料理研究家・「美食倶楽部」主宰・「高島 発酵つながり隊」隊長。
・「美食倶楽部」
・「高島 発酵つながり隊」