老舗もやし屋、種麹屋「菱六」さんに教わる麹づくり体験レポート (前編)

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4月25日~26日、京都の「京都 もやし町家 Kyoto Moyashi House」さんで、老舗種麹屋「菱六」社長、助野彰彦さんご指導による米麹づくりのワークショップが開催されました。

【申込受付中】現役もやし屋さんと作る「本格麹つくり体験」by菱六もやし助野社長
日時:9/20(水)10:00~9/21(木)12:00
場所:京都もやし町家(〒600-8334京都市下京区油小路六条下ル西若松町268)
※助野さんによる麹づくりは本年度最後の開催となります


かつては種麹の工房として実際に使われていた、築120年の「京都 もやし町家」さん。
助野さんは昨年も「京都 もやし町家」さんで麹づくりのワークショップを開催し、長い間使われていなかったその麹室に息を吹き込み、蘇らせたのでした。

今回の参加者は約30名。お豆腐屋さんに農家さん、フレンチシェフにお酢屋さん、お醤油屋さん、お酒の蔵元さんなど、様々なバックグラウンドを持つコアな顔ならび。共通点は皆、「麹のことをもっと知りたい、もっと作りたい」という人たちばかりです。
300年の歴史を持つ老舗種麹屋「菱六」の助野さんから、じきじき麹づくりの手ほどきを受けられるとあって、開場後はあっという間に席が埋まるほどの熱気です。


120年前に造られた麹室から麹米を取り出すことからスタート

講義は、助野さんの「じゃあまず室から麹とりにいきましょっか」の一言で幕を開きました。

今回使われたお米は滋賀県の「日本晴」、精米は10%。
事前に助野さんが200キロ分を浸漬し、1時間ほど水切りして蒸し、種切り(10gほど)まで行ってくれていたので、参加者は切り返し(蒸し米の塊をばらばらにし、温度を下げる作業)からのスタートです。

お米の水分を吸い過ぎないよう、包む布にも工夫が

お米は二重の布で包まれており、一枚目(お米に触れている方)が100度でも耐えられるというテトロンという化学繊維の布で、二枚目が綿です。こうすることによって、お米がくっつきにくくなり、結露も吸わせることができるのだそうです。 綿のみだと水を吸いすぎてしまい、米がカピカピになってしまうため、二重構造にするというわけですね。

お米は二重の布で包まれており、一枚目(お米に触れている方)が100度でも耐えられるというテトロンという化学繊維の布で、二枚目が綿です

切り返し(蒸し米の塊をばらばらにし、温度を下げる作業)のポイントは?

切り返しのポイントは、箱の中心部分にある米と、外側にある米の「温度」と「乾燥」具合に差があることを意識して混ぜることです。
参加者全員で実際に米に触れ、適切な状態を体で覚えていきます。

切り返しのポイントは、箱の中心部分にある米と、外側にある米の「温度」と「乾燥」具合に差があることを意識して混ぜること

米が乾くのが早いか、菌が生えるのが先か

米麹の天敵でもある「納豆菌」がつかないようにするためには

麹菌が好むお米の水分量は36~38%くらいです(普通にお米を洗って、一晩浸漬して蒸すと、これくらいになる)。
この状態は、米麹の天敵でもある「納豆菌」にとっては居心地がいいものではないそうです。水分も温度も湿度も納豆菌には足りないため、米麹に納豆菌がつきにくくなります。

温度と湿度の確認が菌糸の成長を左右する

普段は会社で大量の米麹を作る助野さんですが、品質改良のため少量でテストを行うこともあり、その時の種麹は通常の2~3倍、品温は32~33度、室温は35度くらいの環境で作られるそうです。米が乾いてしまってはカビ(麹菌)は生えません。ここでの温度と湿度の確認がこの後の菌糸の成長を大きく左右します。

ご家庭で少量の米麹を作るときのアドバイス

もやし(種麹)を多めに使った方がよい

一般家庭で少量を作る人へのアドバイスとして、500gほどの米で綿の布などを使う場合は、米の水分も奪われやすくなるため、種麹を多めに使った方がよいそうです。

初めの種切りは45度くらいで始めてしまってもよい

また、少量で作る際は温度の低下も早いため、特に冬などは初めの種切り(種麹を蒸米に振りかけること)は45度くらいで始めてしまってもよい、とおっしゃられていました。

蒸しの際の道具は結露がつきにくいものを選ぶ

ちなみに、今回は助野さんが事前準備してくださった米の蒸しの手順ですが、だいたい蒸気が米の層を抜けてから40分だそうです。
蒸しの際の道具は結露がつきにくいものを選ぶということが大切ですが、家庭でやる分にはあるもので代用すればOK。

種切の際は、蒸し米を大きく広げ過ぎない

また、種切の際の注意点として、500g程度の少量で作る場合は、ネットでよく紹介されているほど広げる必要はなく少し広げて種付けする程度でよいそうです。

盛りのタイミングを、時間で判断しないこと

麹菌の繁殖が不十分な状態になる「若盛」に注意

そして、切り返しのあとは、盛り。このタイミングは時間で判断せず、温度と米の様子を見て決めるのが鉄則です。早すぎるタイミングで盛ることを「若盛」といい、麹菌の繁殖が不十分な状態になってしまいます。500g程度で作る場合は、特に種を多めにすると早めの増殖を図ることができます。

ちなみに、麹の作り方は酒、味噌などの業界によって全然違うのだそうです。

酒蔵での麹の作り方

例えば、酒蔵では水分を保持しやすい「山田錦」などの酒米を使い、そんなに湿度が高くない状態で作られます。それは、米の中に菌を生やすためなのですが、酒造りに必要なグルコース(糖)を作るグルコアミラーゼという酵素は菌が米の中に入っていく時に多く形成されるからなのだそうです。

醤油蔵での麹の作り方

また、醤油の場合は旨みが重要視されるため、それを産み出すタンパク質分解酵素が形成されやすい30度以下の低温環境を作る必要があります。低温で醤油用の製麹を行うもう一つの理由は、醤油づくりに必要な煮大豆は蒸米より水分含有量が高いので納豆になりやすく、低温にすることで納豆菌の大好きな温度帯を避けるためです。
助野さんも農大時代に不本意にも3か月納豆を作り続けた経験がある、と苦笑いしながらおっしゃっていました。

各自配布された麹蓋に実際に麹米を盛っていく

盛られたお米に指で花道をつけ放熱を図る

いよいよ、各自配布された麹蓋(蒸したお米に麹菌をつける際に使われる小型の容器)に升でお米をとりわけ、山のように盛っていきます。この時、指で花道をつけ放熱を図ります

室蓋に、升でお米をとりわけ、文字通り山のように盛っていきます。この時、指で花道をつけ放熱を図ります

盛りのあとは「棒積み(蓋をそのまままっすぐに積み上げること)」

お米を盛り終わると、室蓋には友蓋をかぶせ、再び室へ持っていき、まずは棒積み(蓋をそのまままっすぐに積み上げること)を行います。

盛りのあとは「棒積み(蓋をそのまままっすぐに積み上げること)」

ひとまず麹の手入れが終わると、助野さんがスライドを使って、世界の食と発酵食品のはじまり、オクラトキシンを出す菌株の話、高峰譲吉氏の話など、面白い話を聞かせてくださいました。あまりにも多く、深いので、ここでは口噛み酒のお話を紹介したいと思います。

奈良時代初期の口噛み酒とは?

奈良時代初期の「大隅国風土記」に記されている日本最古の酒として、「口噛み酒」というものがあります。

私たちが普通にご飯を食べている時でも、ずっと長く噛み続けていると甘く感じてくることはありますね。

同じ要領で、当時も澱粉質のお米を良く噛んで、唾液の中のアミラーゼという糖化酵素によってデンプンをブドウ糖に変え、甘くなったら容器に吐き出し野生酵母を利用してアルコール発酵させる、ということが当時行われていたようです。(ただ、文献的にはお米を噛み砕く人は嫁入り前の若い女性が適していると書いているのだそう…)
酒を「醸す」の語源も、酒を「噛むす」に由来するとも言われているのだそうです。


麹のはじまりはごはんに生えたカビ

麹を使用した酒造りが初見されるのは「播磨風土記」(713年)で、「神様にお供えしたごはんにカビが生えたので、それでお酒を醸して宴会をした」との記述から、お酒造りに米麹が使われ始めたことがうかがわれます。

麹のはじまりはごはんに生えたカビ

日本は米麹、中国は餅麹

コウジカビ自体は、縄文時代後期ごろに稲作と共に日本に入ってきたと考えられています。中国では粉砕した小麦を水で練ってクモノスカビやケカビを生やす餅麹が用いられるのに対して、日本では蒸米にコウジカビを生やしていました。それはカビにとって適した水分量が得られる培地がそれぞれの環境で自然に選ばれた結果なのだそうです。

友種法(できた状態の麹を種麹として次の麹づくりに使用すること)は麹の質を低下させる?

続いて、平安時代に編纂された「延喜式」(927)で友種法(できた状態の麹を種麹として次の麹づくりに使用すること)が記載されており、その方法でできる麹の出来はあまり良いとは言えず、友麹を続けることで、質も落ちていったのではないかと助野さんは語ります。

「麹座」と酒屋の対決

室町時代の初めは酒屋が300件以上あり、麹の製造販売権を独占する「麹座」が存在しました。とはいえ、当時の麹の質も現在ほど安定はしていなかったため、自分たちで麹づくりを始めた酒屋たちと麹座の対立が始まります。結果、酒屋の持っていた麹室は幕府に壊され、対立は1444年の文安の麹騒動にまでエスカレートし、北野天満宮が焼け落ち、麹座がなくなるという結末となります。

様々な麹菌について

お酒やお味噌づくりに使われる黄麹菌(Aspergillus oryzae:アスペルギルス・オリゼ)

麹菌、と一口にいっても色々と種類があります。今回の講座で米麹用に使用しているのは、黄麹菌(Aspergillus oryzae:アスペルギルス・オリゼ)と言い、お酒やお味噌づくりに使われるものです。

お醤油づくりに使われる黄麹菌(Aspergillus sojae:アスペルギルス・ソーヤ)

同じ黄麹菌の中にもお醤油づくりに使われるAspergillus sojae(アスペルギルス・ソーヤ)や、泡盛や焼酎づくりに使われる黒麹菌のAspergillus luchuensis(アスペルギルス・ルチュエンシス)、白麴菌のAspergillus kawachii(アスペルギルス・カワチ)などがあり、後者ふたつはクエン酸を多く出し、九州や沖縄などの温暖な気候でも育ちやすい性質を持っている、など特徴も様々です。
ちなみに、クロカビ(Aspergillus niger:アスペルギルス・ニガー)はまた黒麴菌とは異なる菌種であり、麴菌には含めないとのことでした。

様々な麹菌について

助野さんが菱六でもやし(種麹)を作る際に気をつけていること

助野さんが菱六で種麹を作る際に気をつけていることとして、菌株を初めから混ぜない、という点があります。
お酒造りを例にとると、グルコアミラーゼという酵素力が高い、甘い香りが出る、など、必要とされる菌株には色々な特徴があります。
ですがひとつの菌株が求める特徴をすべて兼ね備えているわけではないので、大抵の場合二種類以上をブレンドしているのですが、その作業を種麹を作る時に混ぜた状態で作るのか、あるいは別々に作った二種類の種麹をあとから混ぜるのかという選択肢があります。
助野さんは、製麹段階からブレンドするのはリスクがあるとして、後者の方法をとられています。そのリスクとは、初め1:1でブレンドした菌株が、最後までその割合で残るか分からないということなのだそうです。よって、一株ずつ培養して、できてから混ぜるのが菱六流。ここにも、助野さんのこだわりが見られ、ここまでのお話を参加者にして下さる懐のひろさに思わず感動してしまいました。
さて、助野さんの米麹づくり講座、まだまだ続きます。後編の『築120年「京都 もやし町家」で教わる麹づくり体験レポート (後編)』も、お見逃しなく。

✔イベント情報
現役もやし屋さんと作る「本格麹つくり体験」by菱六もやし助野社長

日時:9/20(水)10:00~9/21(木)12:00
場所:京都もやし町家(〒600-8334京都市下京区油小路六条下ル西若松町268)
受講料:28,000円(2日間の受講料、米麹のお土産付:約1kg )
内容:プロが実際に現場で行っている米麹造りの実体験。麹菌・微生物に関する知識の習得。
※助野さんによる麹つくりは今年度最後の開催となります



関連リンク

京都 もやし町家 Kyoto Moyashi House
住所:〒600-8334 京都府京都市下京区西若松町268
URL:http://kyotomoyashihouse.com/

菱六
住所:〒605-0813 京都市東山区松原通大和大路東入二丁目轆轤町79
電話番号:075-541-4141

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