フリーランスの料理人であり、発酵トラベラーでもある安田花織さんの「諸国菌食紀行」。今回は、韓国の一大イベント『キムジャン』への参加レポートをお届けします。キムジャンとは、白菜キムチを漬け込む韓国の年中行事。前編では、ソウル在住でキムジャン経験者のソンミさんに、キムジャンで使うキムチの材料や作り方はもちろん、韓国の発酵食品について詳しく紹介してもらいました!
韓国の一大イベント、白菜キムチを漬け込む『キムジャン』
今年参加したキムジャンの風景
11月終わりから12月上旬にかけて、韓国では1年分の白菜キムチを漬け込む一大イベント『キムジャン』が行われる。
キムジャンとは、その昔、野菜が手に入りにくい冬を乗り越えるために、野菜を塩漬けして保存したことが始まりと言われている。大量の白菜を、一族や地域などでつながりのある人たちと総出で漬け込む行事だ。
『キムジャン』が行われる日は、気候や地域によって違う
大量の白菜。市場でもスーパーでもこの時期は白菜が山のように積まれている
このキムジャンを見たくて韓国に何度か足を運んでいるのだが、どうもタイミングが合わない。キムジャンが行われる日は明確には決まっておらず、その年の気候や、地域によって毎年違うのだ。
キムジャンが始まる前の、うず高く積まれた白菜の山。キムジャンが終わった後の、捨てられた白菜の外葉が散らばる街。私が見るのは、そのようなキムジャン前後の風景ばかりで、キムジャンにたどり着けない悔しさを毎回噛み締めていた。
韓国南西部のコチャン郡で『キムチジャン』に参加できることに!
無駄足になるかもしれないけれど、行ってみれば何かしらの情報が得られるかもと、今年も懲りずに11月終わりの韓国行きのチケットを購入。
そして、キムジャンの情報を得るため、日韓を頻繁に行き来している友人に連絡をした。すると、私がちょうど日本に帰国予定の日に、韓国南西部に位置するコチャン郡にある知人の所で、キムジャンが行われるという。
慌ててチケットの日程を変更して、韓国へ飛んだ。
『キムジャン』体験の旅、まずは韓国ソウルで発酵食品リサーチ
新潟と同緯度のソウルが、新潟よりずいぶん寒いのはなぜ?
韓国に到着し、空港を出ると、思ったほどではないがやはり寒い。11月のソウルの平均気温は最高気温7℃、最低気温-3℃。一方、同じ緯度にある新潟の平均気温は最高18℃、最低-1℃。
なぜこうも違う気候になるのか。
調べてみると、韓国にはシベリアやモンゴルなどの大陸奥地の寒気が直接流れ込み、冷たく乾燥した空気に覆われるため、非常に寒くなるそうだ。かたや日本には、対馬海流という暖流が流れる日本海の上を寒気が通るので、熱が加わり同じ緯度でもそれほど寒くはならないそうだ。
この温度と湿度の差が似て非なる食文化を作り出す大きなポイントなんだなぁ、と思いながら、外とはうって変わって暖かい地下鉄に乗った。
キムジャン後の定番料理は、漬けたてのキムチと食べる豚肉料理『ポッサム』
今回、コチャン郡でキムジャンに参加する前に、ソウル在住で料理上手の知人ソンミさん宅でご飯を食べることに。ソンミさんはちょうど実家のキムジャンから帰ってきたばかりだったので、キムジャン後の定番料理でもてなしてくれた。
キムジャン後の定番料理としては、漬けたばかりのキムチと茹で豚をコチュジャンベースのタレと共に葉っぱで巻いて食べる豚肉料理『ポッサム』が有名だ。
キムジャンの時期が旬の牡蠣。余った薬念とごま油などで和え物にしてご飯にのせて食べたりもする。
右奥に写っているのが韓国の納豆「清麹醤(チョングッチャン)」。これについては改めて書きたい
またその日は、キムジャンで余った「薬念(ヤンニョム)※キムチを漬けるときに混ぜ込む合わせ調味料」と合わせて食べる牡蠣料理も作ってもらった。牡蠣はキムジャンの時期(11月終わりから12月上旬)にちょうど旬を迎えるため、おいしさもひと際だ。
他にも、旬のさんまを干物にした『クァメギ』、韓国の納豆『清麹醤(チョングッチャン)』なども一緒にいただいた。
韓国の季節限定発酵食品『クァメギ(干物の一種)』
旬のさんまを干物にした『クァメギ(干物の一種)』
『クァメギ』とは干物の一種で、サンマやニシンを新鮮な状態で少し凍らせてから、3~10日間、風通しの良い屋外の日陰に吊るして作られる。その間に、凍ったり解凍されたりを繰り返して発酵・熟成され、青魚の旨味が凝縮する。
クァメギは、そのままの状態で、タレや葱、ニンニクなどと一緒に海苔やワカメで包んで食べる。
『キムジャン』について、現地韓国の経験者に聞いてみた
あまりにおいしくて面白い韓国の発酵食品をいただきながら、ソンミさんの家のキムジャンの話を聞いた。
キムジャンの決め手は、合わせ調味料の『薬念(ヤンニョム)』
白菜キムチは、主役の白菜を『薬念(ヤンニョム)』と言われる調味料で漬けて、発酵・熟成させていく。薬念(ヤンニョム)とは、ニンニクや生姜などの香味野菜や唐辛子、塩辛などを混ぜ合わせたものだ。
薬念(ヤンニョム)は地域によって内容や量、作り方は様々で、同じ地域でもそれぞれの家で多少違う。ソウル郊外にあるソンミさんの実家では料理上手のお母さんがいて、味噌や醤油はもちろんキムチに使う『塩辛(チョッカル)』も手作りしているそうだ。
『キムジャン』でのキムチ作りで大切な4つのこと
たくさんの食材を使い、いくつもの工程を重ねて作るキムチ。
キムチ作りで大切なことをソンミさんに聞いてみたところ、ひとつ目は『塩辛(チョッカル)』、ふたつ目は『出汁(ユクス)』、3つ目は『塩』、そして4つ目は『冬の間に土に埋めておく事』だという。
キムチ作りで大切なこと①『塩辛(チョッカル)』
市場の『塩辛(チョッカル)』屋さん
まずは『塩辛(チョッカル)』について。
塩辛と聞くと日本人の頭にポンと浮かぶのはイカの塩辛ではないだろうか? イカの塩辛とは、イカの自己消化酵素を利用した発酵保存食で、とっても身近な発酵食品だ。
ところが、韓国では様々な種類の塩辛やその上澄みをとった魚醬がある。料理で使う塩辛から、明太子のようにおかずで食べる辛い塩辛まで豊富にあり、どの市場にも塩辛(チョッカル)屋さんがある。料理に使われるのは鰯、太刀魚、イシモチ、エビなどで、面白いところでは太刀魚の内臓などもある。明太子のようにおかずとして食べるものにはイカ、タコ、牡蠣、タラの内臓、浅利などがある。
昔、塩田の近くにある塩辛屋さんに隣接した食堂で食べた「塩辛定食」。
イカやタコ、浅利、牡蠣などなど、塩辛ばかり16種類が並び、ご飯、塩辛はお代わり自由
塩辛(チョッカル)のひとつ、エビの塩辛『セウジョ』
キムチ作りやその他の料理でもよく使われるのが『セウジョ』と呼ばれるエビの塩辛で、漬けた時季で名前が変わり、作る料理に合った発酵具合、エビの大きさを選ぶ。
エビの塩辛『セウジョ』
今回、市場で見た塩辛屋さんでは以下のセウジョが並んでいた。
동백하젓(トンペッカジョ、冬白海老の塩辛)
오젓(オジョ、陰暦5月の大潮で採れた海老の塩辛)
육젓(ユッジョ、6月の海老の塩辛)
추젓(チュジョ、秋に採れた海老で漬けた塩辛)
と名がつき、キムチには熟成期間が長いものがいいそうで、この中であれば、5月の陰暦の大潮で採れた海老で作った『오젓(オジョ)』を使うといいそうだ。
ソンミさんの家では、11月下旬のキムジャンの為に4月にセウジョを仕込み、丁度よく発酵したタイミングで使っているそうで、セウジョ以外にも『鰯の塩辛(ミョルチジョッカル)』も合わせて使うとのこと。
キムチ作りで大切なこと②『出汁(ユクス)』
『出汁(ユクス)』は薬念(ヤンニョム)に入れる濃い出汁で、深い旨味の元となる。
ソンミさんの家では乾燥したスケソウダラの頭、玉ねぎの皮、大根、昆布をじっくり煮込んで濾して使う。
キムチ作りで大切なこと③『塩』
『塩』は天日干しした海塩を何年も寝かせて味をまろやかにしたものがいいそうだ。
ソンミさんの家では塩にこだわっているそうで、おいしい塩で漬けることが大事だと何度も話してくれた。チョッカル自体も、もちろんこだわりの塩で仕込む。
キムチ作りで大切なこと④『冬の間に土に埋めておく事(発酵)』
キムチはもともと、長い冬の間いつでも白菜を食べられるよう生まれた発酵食品なので、適度な温度を保ちゆっくり発酵していく事がとても重要だ。土の中は常に5~10℃の温度を維持しているので、『ハンアリ』という壺にキムチを詰めて、蓋をして土の中に埋めておくと長期保存が可能なんだそうだ。
キムチを詰める壺『ハンアリ』
ハンアリの別名は「息をする器」。
表面に細かい空気孔があるため通気性が良く、素材の発酵を助けるため、キムチだけでなく発酵食品の保存に適している。ハンアリに味噌や醤油を入れているのを見た事があるのも納得だ。
キムチを土に埋める家が減り、キムチ冷蔵庫が代役に
風土を利用した素晴らしい方法だが、近年はキムチを土に埋めている家はどんどん減ってきているそうだ。アパートやマンション住まいが増え、壺を埋める庭がなくなったのが理由の一つで、代わりにキムチ冷蔵庫がその代役を果たしている。
新しい時代に合わせて文化の形が変化していくのはいいことだと思う。一方、冷蔵庫のおかげでいつでもおいしいキムチを味わえるようになり、大量に漬けて保存するキムジャンの必要性がなくなり、キムジャンをしない人も増えてきているそうだ。とても残念な話である。
キムチ作りや韓国料理に欠かせない『唐辛子』
唐辛子屋さんもどの市場にもあり、ほどよく辛いものからとても辛いものまで色々売っている。
用途や味を伝えると適切な唐辛子を選んでくれて、好みの荒さに挽いてくれる
『キムジャン』でのキムチ作りに大切なものはまだある。それが唐辛子だ。
その昔、塩がとても手に入りづらい時期に唐辛子を多く入れたという説があり、保存性を高めるため唐辛子の量が増えたと言われている。
保存性を高めるほど、唐辛子で赤くなっていくキムチ
また韓国の北に行けば行くほど白いキムチ、南に行けば行くほど赤いキムチになるという。気温の上昇に合わせて唐辛子を増やして、保存性を高めているのだ。
韓国といえば、キムチをはじめ真っ赤な唐辛子を使った料理をよく見かけるが、見た目ほどは辛くない。日本で同じ色になるまで一味や七味を使って料理をしたら、辛すぎてとても食べられたものではない。なぜかといえば唐辛子の種類が違うのだ。
韓国と日本の唐辛子は種類が違う
日本の唐辛子はピリッと刺激的な辛さだが、韓国の唐辛子は旨みや甘みと共にじわぁ~と辛さが来る。日本でもたくさんの人が韓国唐辛子の栽培を試みているが、なかなかうまく育たず、育ったとしてもだんだん辛くなってしまうらしい。
うまく栽培できない大きな理由は“土”だと言われている。日本が火山性の酸性土壌なのに対して、韓国は堆積地層が隆起してできたアルカリ性土壌という条件の違いが、唐辛子の出来栄えを左右してしまっているようだ。
唐辛子だけでなく、白菜、大根、人参などの野菜も似ているが違う。日本では水々しいシャリッとした野菜が多いが、韓国では水分が凝縮されたようなガリッとした感じがする。
韓国の一般的な大根。薬念にも使うし、カクテキにもする他様々な料理で使う
現地韓国の経験者にとっても大変な作業となる『キムジャン』
キムジャンについてたくさんのことを教えてくれたソンミさん。ソンミさんは料理を作るのが本当に好きな人だけれど、キムジャンは「とても大変です」と話す。
たくさん漬けるので時間もかかるし、体の節々も痛くなる。また、キムチは辛いので、飲みながら食べながら、みんなで漬けるのだという。最後はお酒と疲労でヘロヘロになると笑っていた。
大変だけど、大事なことが詰まっている『キムジャン』
大変ではあるけれど、一族が集まり、自分が慣れ親しんできた味をみんなで作るキムジャン。それは、単にキムチを漬ける以外の大切な事が詰まっている気がした。
私は、数日後に迫ったキムジャンが楽しみで仕方がなかった。
しかしそのときは、ソンミさんの「とても大変です」の意味を、まだ知る由もなかったのである…。(次回へ続く)
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