兵庫県北部、山間地帯の養父(やぶ)市で伝統の天然醸造による醤油づくりを続ける蔵、大徳醤油さんの3代目浄慶耕造(じょうけい こうぞう)さん、4代目浄慶拓志(じょうけい たくし)さんに蔵見学と醤油講座を開講いただき、さらには泊まり込みで醤油用の製麹から醤油もろみの仕込み、を教えて頂きました。
前編では、大徳醤油本社で醤油づくりの行程を学び、蔵見学をさせていただきました。本編ではいよいよ会場を移して醤油づくり実践に入っていきます。
↓ 前編はこちら ↓
大徳醤油さんに教わる醤油づくりA to Z 醤油じかん上級編(前編)
✔English article(英語記事)
Mastering Shoyu making from a pro brewer at Daitoku Shoyu (vol.2)
泊まり込みの醤油用製麹ワークショップ会場、大屋大杉へ移動
築180年の養蚕農家を再生した古民家、大屋大杉の外観
大屋大杉の入り口にはCHOAK BOYさんが描いてくださったという看板が置かれていました
養蚕農家を再生した古民家やお祭りなど、農村文化が受け継がれる養父市
会場は、築180年の養蚕農家を再生した古民家、大屋大杉です。昔から養蚕が盛んであった養父市ではこのような三階建の古民家が数多く残っています。現在養蚕はもう衰退してしまったものの、大杉集落では選択無形文化財にも登録されている「大杉ざんざこ踊」というお祭りが残っているなど、昔ながらの農村文化が今でも受け継がれています。
大屋大杉の内観
中に入ると二階の床が吹き抜けになっていました。もともと三階建だった養蚕農家を二階建ての宿泊施設に改装したのだそうです。
委託管理の代表をされているのは、普段は竹田城のふもとでお洒落なお花屋木まもりを営む河邊さん。地域の人間として、大屋大杉の改装から3年間ここを見守ってこられ、今回もこのイベントのために駆けつけて下さいました。
地元の方の支援と、本業を持つ人間が集まって、手分けして大家大杉を切り盛りする
河邊さん:「大杉地区には14軒ほどこのような古民家が残っているのですが、そのうち何かしら活用されているのは7軒だけなんです。ほとんどの古民家がお正月とお墓参りだけ人が訪れるといったようなほぼ空き家状態で、地元の方々が風を通すなどしてなんとか維持してきました。大家大杉は今年3年目で、はじめはかなり傷んでいたのですが地域の方の援助でここまで修復することができました。僕も本業は花屋なんですが、ここに携わっている人間はみな仕事をしながら、身の空いている人間が手分けして切り盛りしています。だから宿泊のプロの人間とかはいないんですよ。ちなみに、ここの地域は去年の秋に重要伝統的建造物群保存地区に認定されて。だから壊したり、リフォームしたりはできなくなったんです。」
参加者:「この中二階で蚕を飼っていたってことですか?」
河邊さん:「二階と三階で蚕を飼っていて、一階の土間の部分で火をおこして、階段の足元の上を見上げると煙突のようななものがあるんですがそこから風を送って温度調整をしていたようです。だから壁や柱がちょっと黒っぽいんですよ。今は旅館として機能しているので、法律上三階建てにするわけにいかず、二階建てに改装されているんです。」
参加者:「この辺で織物などは作られていたんですか?」
河邊さん:「いや、この辺では繭の状態までにして、隣の京都などに出荷していました。」
元は三階だった二階に登ると、客室がならんでいます。宿泊のプロはいないとは思えないほど整った設備でした。
大屋大杉の客室
お待ちかねの昼食
今回、大屋大杉で食事を担当してくださったのは、旅する料理人の西尾智也さん。地元の山菜名人に弟子入りし半分この地域に住み着いてしまったのだそうです。
西尾さんのランチを心待ちにする参加者のみなさま
浜坂産スルメイカのサラダ 搾りたて醤油がけ、お好みで大徳醤油さんの再仕込み醤油を足して
但馬に群生するクレソンのソースをあしらったカレー。美味しすぎておかわりをする参加者までいました
デザートのヌガーグラッセ
お腹も満たされて、本題の麹づくりへ
美味しいランチで幸せになった後は、ついに醤油仕込み用の麹づくりの作業に入りました。
麹づくりの道具たち
浸漬した大豆を蒸す
十分に浸漬された大豆
事前に拓志さんが洗って浸漬しておいてくださった大豆を、蒸し大豆専用の圧力窯で蒸していきます。
蒸し大豆専用の圧力窯
小麦を炒る
小麦は、鉄のフライパンでぷっくりと膨らむまで焦げないように炒っていきます。
左が炒る前の小麦、右が炒った後の小麦。ぷっくりしているのが分かりますね
炒った小麦を粉砕する
炒った小麦はミキサーで写真のようになるまで荒く粉砕していきます。
粉砕された小麦
大豆が蒸し上がる
大豆を蒸すには時間がかかるのですが、小麦を炒るのにも時間がかかるので、そうこうしているうちに大豆も蒸し上がってきました。大豆は今回8分ほどかけて圧力がかかってから15分、火を消してから15分ほど放置してから蓋を開けて取り出しました。
蒸し上がった大豆
指で潰せるくらい柔らかくなっています
蒸し上がった大豆と炒った小麦が冷めたら、手で混ぜる
大豆と小麦が冷めてきたら、手でかき混ぜていきます。
大豆と小麦を混ぜ合わせる
種切りをする(麹菌を振りかける)
そして、いよいよ種切り。種麹を振りかけていきます。
まんべんなく麹菌を振りかける
種麹を振りかけたら、また手でまんべんなく混ぜ込んでいきます。
麹菌を大豆に混ぜ込んでいく
今回はこのままこれを放置し、麹菌の力で17時間後くらいに温度が上がってくるのを待ちます。これで1日目は終了です。
1泊2日では全行程を見ることができませんが、今回は特別に拓志さんが20時間後の麹と36時間後の麹を用意してきてくださりました。真っ白く菌糸が回って、手を突っ込むとまだ発熱しているのが分かりました。
手を突っ込むとまだ暖かい麹
こちらは48時間後の出来上がった麹。胞子着生が進んで緑色になっています。
出来上がった麹は緑色に
醤油業界のお話
大徳醤油さんは養父市にある大徳山にちなんで名前をつけられたそうです。現在の兵庫県養父市、豊岡市、朝来市、香美町、新温泉町の区域にあたる但馬は、寒暖差の激しい地域で醤油の醸造に向いています。また、清流大屋川には鮎がたくさん泳いでおり、大徳醤油さんでもその伏流水を使って仕込みをされているのだそうです。
減り続ける醤油の生産量。だからこそ、いい醤油を使うほうが幸せ
拓志さんから醤油業界について学びます。
醤油の生産量は1970年代以来年々減ってきており、約120万キロリッターを日本人が使用してきたのですが、100万キロリッターをきると醤油業界全体が危ないと言われ続けてきたにもかかわらず、実際は80万キロリッターも切っている状態とのこと。
1人あたりの使用量は平均1年1.9リッターで、醤油の価格自体も崩落してきています。
「これって、すごく少ないですよね。それなのに今醤油ってすごく安くて。でも一年1.9リッターしか使わないようなものを安く買うよりは、いい醤油を使ってもらった方が幸せだと思うんですよね。」
毎年30~40軒の醤油蔵が廃業している
かつて地方の醤油蔵は全国で一万軒ほどあったのですが、今はたったの1200軒ほど。昔はどの街にも醤油蔵があって、皆自分の家に近いところの醤油を買っていたのだそうです。それが、流通革命でスーパーなどができて大手の醤油が安く買えるようになると、地方の醤油はじきに消えていきます。毎年30~40軒の醤油蔵が廃業しているのだそうです。
国内のシェアの半分は、大手5社で占められており、その次25%が準大手と言われる15-20社ほど、そして残りがその1200軒の小さな醤油蔵でまかなわれています。
小さい醤油蔵には伝統の醤油づくりを残していく使命がある
「極端な事を言うと日本の醤油は大手の会社だけでまかなえてしまうのですが、小さい醤油蔵には伝統の醤油づくりを残していく使命があり、その伝統は必ず残していく必要があると思うんです。さっき言った1200軒は創業100年くらいのところが多いのですが、儲からないので跡取りがいない。そして100年経っていると設備が老朽化してきているのですが、投資しても回収できないんです。だから新規参入もなく、なかなか難しい業界です。醤油って酵母添加や加温による速醸方法で安く作るのが当たり前になってしまったので、四季の温度変化に任せてつくる昔ながらの醤油づくりができなくなってきている。それを何とか変えていきたいという思いで発信を続けてきています。」
醤油業界について教えてくださる拓志さん
醤油じかんプロジェクト
簡単な手づくり醤油を広めることで、伝統的な醤油づくりへの認知度を高める
拓志さんは去年からクラウドファンディングで、醤油じかんというプロジェクトをスタートされました。今年の2月に公式サイトを立ち上げ、家庭で仕込める簡単な手づくり醤油を広めることで伝統的な醤油づくりへの認知度を高めようとされています。
『醤油じかんパートナー』に登録すると、誰でも手作り醤油のワークショップが開催できる
このプロジェクトの一環として『醤油じかんパートナー』への登録制度があり、それに登録をすると誰でもカフェや料理教室で手作り醤油のワークショップが開催できます。
このプロジェクトの狙いは、家庭に醤油づくりをもう一度取り戻すことで本来の手間やそれにかかる時間などを体験してもらい、それぞれにこの手作り醤油の文化を受け継いでいってもらうこと。
「これまで興味のなかった人も、こどもたちも、手作りの醤油と過ごす一年を体験することで、モノづくりの原点である家庭から始まる地域の文化、自然醸造の醤油という伝統を受け継ぐひとりとなってほしい」。このような願いからこのプロジェクトは生まれました。
みなさんも、是非「醤油じかん」の「醤油じかんパートナー」の一員になりましょう。
「醤油じかん」や「醤油じかんパートナー」について教えてくださる拓志さん
いよいよ実際に醤油もろみを仕込んでいきます
さて、いよいよ醤油を仕込んでいきます。各自に大徳醤油さんが用意してくださった醤油用の麹、塩、水、ガラス容器が配られました。
参加者に配られた醤油用の麹、塩、水、ガラス容器など
塩水を作って麹を入れる
まず最初にボールの中で塩をよく水に溶かしていきます。
塩水を作る参加者のみなさま
そしてその塩水をガラス容器に移し、そこに麹を一気に入れていきます。舞い上がる胞子にはしゃぐ参加者たち。
塩水と麹を撹拌する
ガラス容器に麹が全量入ったら、木べらでよく撹拌します。今日はこれで、終わり!
ガラス容器に入った塩水と麹
これから一週間ほど毎日軽く撹拌し、その後は1日1回程混ぜたり混ぜなかったりでよいそうです。気温が上がってきて暑くなれば産膜酵母が出やすくなってくるため、それが出たら混ぜるよう、また暑い時期は頻繁に様子を見るように、とのことでした。
麹菌の力で大豆を分解させるため、混ぜすぎないことがポイント
「櫂(かい)でつぶすな、麹でつぶせ」という言葉があるように、櫂棒で大豆を潰してしまうと発酵不良になってしまうため、麹菌の力で大豆を分解していくように、混ぜすぎないことがポイントだそうです。
「見えないところに置くのではなく、暮らしの中で目につくところに置いて気にかけてあげて下さい。生き物を飼うように、でも可愛がり過ぎて混ぜすぎないようにしてください(笑)」(拓志さん)。
これから1年、それぞれのもろみとの生活が始まります。ちなみに、今まで大徳醤油さんの醤油仕込みワークショップを受けた人の写真は、インスタグラムのハッシュタグ「#醤油じかん」で検索して見ることが出来ます。拓志さんが始めた手作りする人のネットワークはじわじわと広がって来ています。
特注のしぼり機を使って出来たての醤油しぼり体験
実は大家大杉に入ってきた時点から皆の注目を浴びていたのですが、なんと拓志さん、今回のイベントに合わせて特注で大工さんに家庭用サイズのしぼり機を用意してくださっていました。
拓志さんが特注で大工さんに依頼した家庭用サイズのしぼり機
横にはできたての丸大豆醤油と再仕込み醤油のもろみが用意されています。今日はこのもろみを使ってしぼり体験をさせてくださるというのです。
種類別のもろみを使ってしぼり体験を行う
このしぼり機の中にもろみを入れ、初めは自然にもろみ自体の重さで、そして徐々に圧をかけてゆっくりと絞っていきます。
家庭用サイズのしぼり機でもろみを圧搾中
搾りたての醤油
皆で搾りたての醤油を味見。「おいっしー!」と歓声があがります。
1年待たなければ体験できないしぼり、とても貴重な体験でした。
西尾シェフの晩ごはん
醤油の仕込み、しぼり、と体験し満悦感に浸る参加者たちに、西尾シェフが用意してくれたのは但馬の新鮮素材をふんだんに使った晩ごはん。
浜坂産天然ブリとハマチの刺身 ノビルともろみ添え
愛知県産美味しい野菜の温サラダ
天然自生クレソンのサラダ
浜坂産ホタルイカのスパゲティー
デザートのチーズケーキ
また、拓志さんの幼馴染だという山田屋商店さんがお酒を持ってきてくれました。どこまでもアットホームなイベントです。
山田屋商店さんの純米吟醸『但馬ほまれ』
夜から朝にかけて有志で麹の手入れ
晩ご飯の後は皆でまったりと交流、大家大杉での一夜をそれぞれ過ごしました。時折、温度計のアラームに気がついた参加者が麹の様子を見に行って手入れをしたりと、麹づくりが早くも暮らしの中に溶け込んできています。
翌日、麹を見ると前日より菌糸がまわってきているのを確認することができました。
菌糸がまわってきた麹
最後までとにかく美味しい西尾シェフの朝ごはん、キッシュプレートでフィニッシュです。
西尾シェフのおいしい朝ごはん
たった2日間だったのに、あまりの濃い内容にもっと長い時間を過ごしたかのようだった強化合宿。
文化とは人の手がつくるもの。それが脈々と受け継がれていくのは家庭の台所、そして隣近所や地域の中での繋がり。そんなことを実際的な体験と交流を通して共有できた2日間。とても充実していて豊かな時間でした。
ここまでの準備をしてくださった大徳醤油さん、大屋大杉を管理される河邊さん、美味しい料理を担当してくださった西尾シェフ、関係者の皆様方には本当に感謝しています。一緒に醤油じかんを過ごしてくださった参加者の皆様も、ありがとうございました。
前列右:大徳醤油4代目浄慶拓志さん、前列右から2番目:3代目浄慶耕造さん
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大徳醤油さんに教わる醤油づくりA to Z 醤油じかん上級編(前編)
✔English article(英語記事)
Mastering Shoyu making from a pro brewer at Daitoku Shoyu (vol.2)
取材協力
大徳醤油
大徳醤油オンラインショップ
大徳醤油Facebookページ
大徳醤油Instagram
大屋大杉
関連リンク
旅する料理人 西尾智也
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