カルチャー

2017年01月09日

発酵と生活の結びつきを考える企画展「フードスケープ〜私たちは食べたものでできている」(アーツ前橋)

フードスケープ〜私たちは食べたものでできている(アーツ前橋)

植物は光合成で生きている。一方で、人間を含めた動物は「食べること」で生きている。
わたしたちが「生きる」ことの中心には、いつの時代も「食べること」が存在しています。群馬県前橋市にある美術館「アーツ前橋」で行われている「フードスケープ〜私たちは食べものでできている」展は、いのちの真ん中にあるにもかかわらず、時代や民族性や宗教などによって変化し、食糧生産技術の発展により今では単なる「消費」のひとつになってしまった「食」と、個人や自然、社会とがどう結びついているのかを考えるための企画展。
国内外のアーティスト、写真家、フードコーディネーターなどがそれぞれに表現した「食」を通して、他者との共存や未来を考えさせる展示となっています。

この展示の中に「発酵」をテーマにした展示もあると聞いて、今回の担当学芸員のひとり、辻さんに案内していただき、haccola的な展示の見どころをお伺いしました。

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「食べられる境界」(中山晴奈)

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辻さん:まず、最初の展示は「食べられるものと食べられないもの」をテーマに構成しました。

haccola取材班(以下haccola):パンの上にいろいろなものが乗っていますね。牛乳とか……キーボード!?とか!?

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辻さん:プラスチックやゴムなどは「消化できないという理由で食べられないもの」カテゴリーですね。でも、別のテーブルにはワインやウサギ肉なども乗っています。

haccola:ワインやウサギ肉は……「食べられるもの」ですよね?

辻さん:ところが、地域や宗教によりそれらは「食べられないもの」になります。

haccola:ああ!「お酒を飲んではいけない宗教」もありますよね。

辻さん:はい。わたしたちには、「消化できないから食べられないもの」と「人によって食べられないもの」があります。宗教などの精神的なものもあれば、アレルギーなどの理由もありますし、最近では「誰かが握ったおにぎりは食べられない」という子どももいるとニュースになりましたね。

haccola:でも戦後の食糧難の時代は、拾ったものや虫なども食べていたそうですし、80代のご婦人から「あの頃は通りすがりの犬も食べた」と聞いたことがあります。

辻さん:まさに、犬をイメージしたパンも展示してあります(笑)。

haccola:わ、しっぽがついてますね(笑)!

辻さん:犬を食べる文化のあった国もありますが、今の日本では食べませんよね。わたしたちは「食べられるもの」と「食べられないもの」をどこで決めて、分けているのでしょうか。それを考えて、感じていただきたい展示です。

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見えない神さま〜粕川の祈りとたべもの(風景と食設計室ホー)

辻さん:ここからは、富山と東京で活動しているアーティスト「ホー」の2人の作品です。

haccola:これはなんですか?

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辻さん:群馬県前橋市粕川地区にある「粕川」と源流です。「粕川」の名前は、昔「粕流し」という神事があったことが由来です。「ホー」の2人は民俗学的な見地から、粕川地区の暮らしを調べてまとめています。

haccola:「粕流し」……。そのままな質問で恐縮ですが、粕を流すのでしょうか?

辻さん:はい。酒粕を川に流す神事です。

haccola:それはおもしろそうですね! 酒粕を流すのは、神様への奉納などの意味があるのでしょうか。別件で取材したいです。

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辻さん:今でもその風習はあるんですよ。赤城南麓にある近戸神社で、毎年夏に行われるお祭りの中の神事です。神官が粕川に酒粕を流します。別名「御川降り(おかおり)」ともいい、800年ほど続いているそうです。

haccola:このあたりは山に囲まれていますから、水源を神に見立てて奉るのは水不足解消など生活に密着したものだったのかもしれないですね。そういう風習が今でも残っているのはすごいですね。

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辻さん:「ホー」の2人はこの展示の前段階の、2014年にスタートしたアートプロジェクトから関わっています。参加者を募り、実際に山に足を運びお弁当を食べるハイキングにも行ったんですよ。甘酒などもふるまいました。また、「粕流し」を軸にして、赤城山の話や山の神様の話、太陽や月へのお供えなどの話を朗読するパフォーマンスも行いました。とても盛況だったようです。

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haccola:それは参加したかったです…。神事の中に酒粕が使われるのは興味深いですね。お酒ができるのも魔法みたいですものねえ。時を経てかたちを変える「発酵」自体に、昔の人は神を感じていたのかもしれないですね。

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甘い記憶/食べる/続けて残ったもの(南風食堂)

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haccola:南風食堂さんは、まさに発酵をテーマにした展示だそうですね。

辻さん:はい。もともと、2014年からの粕川地区のアートプロジェクトで、高齢の方にヒアリングを行い「食にまつわる思い出」や「続けている習慣」を調査していたところ、「発酵食」を生活に取り入れている方がとても多かったそうです。そこで、今回の展示のテーマを「発酵」としました。

haccola:「続けて残ったもの」というタイトルにも通じますね。発酵は「変化を続けて残るもの」という解釈もできますしね。

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辻さん:そうですね。「食べ物の記憶は人生の記憶ともつながっている」がコンセプトです。日常的に食事をする中で、発酵は「保存」のための大切な知恵だというところに注目しているこのブースの展示は、実際の発酵をご覧いただけます。赤城山の水と植物を大きな丸い器の中にいれて発酵している様子を展示しています。

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辻さん:水と植物の他にもさまざまなものがあります。かんずり、パプリカ、キムチ、ビーツ、紫白菜、赤キャベツ、豆腐よう、白味噌、豚脂のハーブ塩漬け……。

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haccola:どれもおいしそう!! この魚はなんですか?

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辻さん:鮒鮨です。

haccola:おいしそう………。展示中にも発酵は進んでいったのですよね?

辻さん:はい。最初の頃から比べると、色が変わったり水が出たりしています。

haccola:発酵そのものがアートになっている展示なんですね。

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辻さん:「食とアート」というと少し難しく感じるかもしれませんが、身近な食品を使うことで
「発酵」が生活にどう結びついてきたかを感じることができるのではないかと思います。

haccola:あれは……。肉ですか?

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辻さん:猪の生ハムです。

haccola:あれは、展示が終わったらみなさんで食べるんですか??

辻さん:検討中です(笑)。

haccola:これは食べないと! 食べるまでが展示ですよ!!

辻さん:そうですよね(笑)。でも、食べごろになるには1年近く熟成させなければいけないそうなので、まだ食べられないんです。他の発酵物は、展示が終わって撤去した後に試食したいと思っています。

他にも「食」に関するさまざまな展示が。

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こちらは、明治に太陰暦から太陽歴に変わったときの暦です。月のズレを詳細に記してあります。暦が変わるなんて、農家の人はさぞや大変だったことでしょう。
(井上正香編『農家万年栞』1879年)


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こちらは、豆や木の実などを樹脂で固めた展示。宝石のようにキラキラ輝いています。
(廣瀬智央 ≪ビーンズ コスモス≫ 2015年)


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みなさんの家の畑を描いてもらうコーナーも。展示を見に来ていた通りすがりの方におうちの畑を描いていただきました。広い畑をお持ちですね!


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わたしたちの体を作っているミネラルは、宇宙にある鉱物と同じと聞いたことはありますか?こちらは体と宇宙に共通する元素の構成図の展示です。照明を落とした展示室のわずかな光に反射して、キラキラと輝いています。わたしたちも宇宙を構成しているひとつの物質だと思うと、壮大な気分になりますね。
(岩間朝子 ≪わたしたちの身体は小さな宇宙≫ 2016年)

ミュージアムカフェでは1日限定5食のオリジナルサンドイッチも

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帰りには、ミュージアムカフェで限定のサンドイッチも忘れずに!
これもアーティストの作品のひとつ。タイトルは《わたしたちそのものをたべる》(ジル・スタッサール/2016年)。

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人の顔が他人になり、食材になり、そしてまた顔になる不思議なオリジナル冊子がついています。もちろん、サンドイッチもとてもおいしいですよ! チーズやベーコン、たっぷり野菜など地産地消の食材を使った食べ応えのあるサンドイッチです。

「私たちの体は食べたものでできている」。
この言葉は、最近の健康ブームにより聞くことが多くなってきました。しかし、実際に「食べるものが自分にどう関わっているのか」さらに「なぜ自分は食べるのか」というところまで深く掘り下げて考えることはあまりないかもしれません。
「食べる」ことは自分の体を作る栄養素を取り込むことでありながら、周囲の人や社会とのコミュニケーションツールでもあります。そして、愛する人と一緒に食事をした記憶がいつまでも心を癒し続けることだってあります。「食」は、さまざまな個人の根幹でもあるのです。誰もが必ずおこなっている「食べる」という営みの中で、「発酵」がいかに深く生活に関わってきたかも垣間見ることができ、非常に興味深かったです。(粕流し、とても気になります!)
自分の根っこを掘り下げて、そして未来を考えるきっかけにもなる展示でした。

展示期間はあと少しですが、ご興味のある方は足を運んでみてはいかがでしょうか。

案内してくれた人

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アーツ前橋学芸員、辻瑞生さん。今回の企画展担当。

フードスケープ 私たちは食べものでできている

〜2017年1月17日(火)まで
開館時間:11時~19時(入場は18時30分まで)
休館日:水曜日(11月23日は開館、11月24日休館)、年末年始(12月28日-1月4日)
観覧料:一般600円/学生・65歳以上・団体(10名以上)400円/高校生以下無料
公式サイト:https://www.artsmaebashi.jp/?page_id=147

【参加作家】
岩間朝子 IWAMA Asako
ジル・スタッサール Gilles STASSART
中山晴奈 NAKAYAMA Haruna
南風食堂 Nanpushokudo
風景と食設計室 ホー HOO. Landscape and food works
フェルナンド・ガルシア・ドリー Fernando Garcia DORY
マシュー・ムーア Matthew MOORE
ワプケ・フェーンストラ Wapke FEENSTRA

【展示作家】
小沢剛 OZAWA Tsuyoshi
廣瀬智央 HIROSE Satoshi
ゴードン・マッタ=クラーク Gordon MATTA-CLARK
中村節也 NAKAMURA Setsuya
南城一夫 NANJO Kazuo
福田貂太郎 FUKUDA Tentaro

いしだわかこ

いしだわかこ

ライター・編集者・マンガ家。雑誌編集者、制作会社、少女マンガ誌連載などを経てフリーに。インタビュー取材をメインに、紙・Web問わず活動中。最近では、電子書籍編集や企業・行政広報誌の制作ディレクションなども行っている。 ウェブサイト

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