最後の1軒から奇跡の復活を遂げた、愛媛の幻のお茶「石鎚黒茶」【四国に伝わる伝統、後発酵茶をめぐる旅 VOL.04】

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2018年3月、「無形民俗文化財」に選定された四国の発酵茶。“発酵茶に含まれる乳酸菌が美容健康作用に優れている”として、今話題を集めています。でも、発酵茶ってどんなもの・どんな味? 体にどういいの? 後(こう)発酵って何? などなど、知りたいことがいっぱいです。
そこでハッコラでは、「四国に伝わる伝統、後(こう)発酵茶をめぐる旅」と題して、徳島の「阿波晩茶(あわばんちゃ)」・高知の「碁石茶(ごいしちゃ)」・愛媛の「石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)」の3つの発酵茶を特集しています。特集最終回の第4回目は、愛媛県の石鎚地区の幻のお茶、「石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)」についてご紹介します。

愛媛県の石鎚地区の幻のお茶、「石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)」
愛媛県の石鎚地区の幻のお茶、「石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)」


技術継承が危機に陥ってからの復活を遂げた「石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)」

西条市小松町石鎚地区で江戸時代から伝承されてきた石鎚黒茶
西条市小松町石鎚地区で江戸時代から伝承されてきた石鎚黒茶

四国の後発酵茶をめぐる旅、最後は愛媛県の「石鎚黒茶」です。徳島の阿波晩茶、高知の碁石茶も謎が多いお茶でしたが、それらにも増して石鎚黒茶はさらに「幻のお茶」。なぜかというと、製造者が1軒しかいなくなり、技術の継承が途切れそうになったから。
そこから市民グループの尽力により、奇跡の復活を遂げた石鎚黒茶。その復活劇と合わせて、現在の取り組みなどを取材しました。

霊峰・石鎚山に育まれた伝統の後発酵茶「石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)」

「四国山地の発酵茶の製造技術」のひとつとして、「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選定された石鎚黒茶。石鎚山中腹の西条市小松町石鎚地区で、江戸時代から伝承されていました。

日本百名山・石鎚山を有する西条市は、良質な水に恵まれた水源地

「伊予の高嶺」とも呼ばれ、日本百名山にも数えられる名峰・石鎚山
「伊予の高嶺」とも呼ばれ、日本百名山にも数えられる名峰・石鎚山

石鎚山は標高1,982mの西日本最高峰。「伊予の高嶺」とも呼ばれ、日本百名山にも数えられている名峰です。そのため、西条市はまだ井戸で生活できる地域もあるほど、良質な水に恵まれた豊かな水源地となっています。

日本茶の名産地・四国中央市の近くにある西条市で、なぜ後発酵茶の石鎚黒茶が作られたのか?

近隣の四国中央市は、地域全体でお茶を生産している日本茶の名産地。であるにもかかわらず、そのすぐ近くの土地でなぜこの独特な後発酵茶が作られるようになったのか、不思議でなりません。
石鎚山は日本七霊山のひとつでもあり、古来より山岳信仰の対象となる山でありました。山岳信仰といえば修験道。修験道といえば空海。阿波晩茶、碁石茶ともに空海が伝えたとの伝承がありましたし、記録がないだけで、もしかしたら江戸時代よりも前から作られていたのかもしれませんね。

霊峰・石鎚山への参拝者に石鎚黒茶が振る舞われていたと考えられている

日本七霊山のひとつでもあり、古来より山岳信仰の対象となった石鎚山
日本七霊山のひとつでもあり、古来より山岳信仰の対象となった石鎚山

明治初期の覚書は残っていて、江戸時代から大正末期まで盛んに製造されていたそう。江戸時代から明治にかけての山岳信仰の信者増加に伴い、霊峰・石鎚山への参拝者に黒茶が振る舞われていたのではないかと考えられています。まさに、お山が育てたお茶なのですね。

製造者1軒から奇跡の復活を遂げた「幻のお茶」、石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)

平成に入ったころには、製造者はついに1軒のみとなった石鎚黒茶
平成に入ったころには、製造者はついに1軒のみとなった石鎚黒茶

大正期には盛んに作られていたという石鎚黒茶ですが、他の2つの四国発酵茶と同様に、近年になると生産農家が減少。平成に入ったころには製造者はついに1軒のみとなりました。

市民グループ「さつき会(西条市生活研究協議会)」が石鎚黒茶製造に乗り出す

平成8年、この最後の製造者が地元TVに取り上げられたところ、市民グループ「さつき会(西条市生活研究協議会)」の現会長・戸田久美さんのお母さんが偶然それを目にし、「土地の文化を次世代に残したい」と一念発起。県の農業改良普及センターなどの協力を得て、黒茶製造に乗り出します。

「石鎚黒茶の伝統技術を守りたい」試行錯誤を重ね二次発酵に成功

とはいえ慣れないお茶作り、そのうえ他に類のない後発酵。初めて尽くしのお茶作りは失敗に失敗を重ねたそう。試行錯誤を重ねた末の平成10年、ついに二次発酵が成功!翌年には商品化することになったそう。「どうしてもこの伝統技術を守りたい」としぶとく粘った結果の産物です。その苦労は大変なものだったでしょう。

初代メンバーの思いが人を引き寄せ、福祉事業所やシルバー人材センターの方たちに手伝ってもらうなど人材面でも広がりを見せるように。平成24年には次の世代へと運営を引き継いで、今に至っています。

製造者1軒から3軒へ。さつき会の取り組みをきっかけに石鎚黒茶の伝統技術が継承されることに

現在、製造者は3軒。さつき会の取り組みをきっかけに、それぞれの製造所で順調に石鎚黒茶が作られています。合わせて平成27年には地域の伝統食品として、大学や各研究所などとともに「石鎚黒茶振興協議会」が設立され、製法の保存や成分の研究、製品の安定化などに勤しんでいるそうです。

石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)、現段階での成分の研究結果は?

前茶と比較すると、r-アミノ酪酸(GAVA)の含有が多い石鎚黒茶

石鎚黒茶は高知の碁石茶と同じ二段発酵。
愛媛県産業技術研究所による分析を見ると、製造年度や製造者によって多少のバラつきはあるものの、煎茶と比較すると概ね「ビタミンC、ポリフェノール、カテキン」の含有量が少なく、その一方でr-アミノ酪酸(GAVA)の含有が多い、と見ることができます。

マウスの実験結果では、抗アレルギー効果、脂肪蓄積抑制効果が認められた

また、愛媛大学の研究報告だと、抗アレルギー効果、脂肪蓄積抑制効果が認められるそうです。といってもそれはマウスの実験結果なので、ヒトの体にも影響があるのかどうかはこれからの研究を待たなければわかりません。マウスの実験では、鼻のひっかき行動が減ったそう。人間もティッシュの使用量が減るといいのですが………!!今後の研究に期待です!

石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)の製造工程とは?

「黒茶」だけあって見た目も黒っぽい石鎚黒茶

石鎚黒茶(左)、阿波晩茶(右)
石鎚黒茶(左)、阿波晩茶(右)

石鎚黒茶はその名の通り、黒っぽい茶葉。上の写真は、左が石鎚黒茶、右が阿波晩茶です。写真だとわかりにくいですが左のほうが黒っぽく、「黒茶」なのだと実感できます。

阿波晩茶にも碁石茶にもなかった、第三の工程「揉む」がある!石鎚黒茶

製造工程は、同じ二次発酵の碁石茶と似ていますが、

(1)茶葉の収穫
(2)洗浄
(3)蒸す
(4)糸状菌による発酵を1週間ほど
(5)揉む
(6)乳酸菌による発酵を2週間ほど
(7)天日干し

なんと、阿波晩茶にも碁石茶にもなかった「揉む」工程が入っています。阿波晩茶の「擦る」に近いのでしょうか。しかし、阿波晩茶は一段発酵。同じ二段発酵の碁石茶には似た工程はありませんでした。
………これは、第三の工程!?我々は今、新たな発見の場に遭遇しています! 同じ「四国の発酵茶」であっても、それぞれ少しずつ工程が違うのが興味深いですね!

「蒸す」工程でカビ菌や乳酸菌は死なないの?後発酵茶の謎の解明が待たれる

そして、阿波晩茶・碁石茶と同じく、熱を加える工程(蒸す)が入っていますね。これは発酵の時に使われる菌以外の雑菌を死滅させるためだと考えられます。
それならばカビ菌は死なないのか、次の乳酸菌は死なないのか。今までと同じ疑問が深まります。後発酵茶の謎の解明が待たれます。

石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)の「味」や「風味」は

袋を開けただけでふんわりと爽やかな酸味のある香りが漂ってくる石鎚黒茶
袋を開けただけでふんわりと爽やかな酸味のある香りが漂ってくる石鎚黒茶

専門的なことは専門家にお任せするとして、一般人にとって大事な「味」や「風味」は?

四国の後発酵茶の中でもいちばん酸味が感じられた石鎚黒茶

しっかりと発酵させている黒茶は、袋を開けただけでふんわりと爽やかな酸味のある香りが漂ってきます。味は他の2つと比べていちばん酸味がある気がしますが、やはりどこかフルーティ。お酢のような刺激のある酸っぱさではなく、柚子やすだちのような香り高い柑橘の酸っぱさを思い出します。やはり愛媛なので………みかん成分が入っているのではないでしょうか!?(※東京農大の内野先生は全面否定)

地元の高校生が、石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)を使ったレシピ開発に取り組む

筆者がレシピから作った「石鎚黒茶ゼリーのロールケーキ」
筆者がレシピから作った「石鎚黒茶ゼリーのロールケーキ」

地元の味を残そうと、西条市の高校生が石鎚黒茶を使ったスイーツのレシピ開発に取り組んでいます。その中のひとつ、「黒茶ゼリーのロールケーキ」を教えてもらいました。

石鎚黒茶ゼリーのロールケーキ

材料(1本分)│石鎚黒茶ゼリーのロールケーキ

■スポンジ
卵 4個
砂糖 80g
薄力粉 70g
黒茶(粉末)3g

■ゼリー・クリーム
素焚糖(なければ甜菜糖などでも可) 40g
ゼラチン 5g
黒茶 200ml
生クリーム 150ml
砂糖 30g
メープルシロップ 30g

作り方│石鎚黒茶ゼリーのロールケーキ

■スポンジ
(1)ボウルに卵と砂糖を入れ、メレンゲ状に泡立てた後、薄力粉と黒茶を入れて、卵の泡がつぶれないようにさっくりと混ぜる。
(2)200℃に予熱したオーブンで約12分焼く。

■ゼリー・クリーム
(1)鍋に素焚糖とゼラチンを入れて混ぜたあと、黒茶を少しずつ加えながら混ぜる。
(2)鍋を火にかけて、軽く沸騰させる。
(3)(2)をバットに流し入れて冷やし、ゼリーを作る。
(4)生クリーム、砂糖、メープルシロップを泡立ててしっかりツノが立つクリームを作る。

■スポンジとゼリー・生クリームができたら巻き
(1)生クリームをスポンジに塗り、その上にゼリーを流して平らに伸ばす。
(2)スポンジを転がすように奥へ巻いていく。
(3)巻き終わったら冷蔵庫で1時間以上寝かせる。

筆者が作ってみました!│石鎚黒茶ゼリーのロールケーキ

石鎚黒茶ゼリーのロールケーキのお供には、やはり石鎚黒茶を!
石鎚黒茶ゼリーのロールケーキのお供には、やはり石鎚黒茶を!

なめらかなクリームとゼリーのつるんとした舌触りがおもしろいロールケーキ。スポンジに入れる茶葉は、がんばってできるだけ細かくすると食べやすいです。
メープルシロップ入りのクリームは甘めですが、スポンジとゼリーは甘さ控えめなのでさっぱりと食べられます。茶葉もまるごと食べられるので、乳酸菌がたっぷり体に取り込めそう。
ケーキのお供は、やはり石鎚黒茶で!

東京で手に入る、愛媛の石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)

愛媛県東京事務所の峯下さん(右)と井上さん(左)
愛媛県東京事務所の峯下さん(右)と井上さん(左)

西条市でも数が少なくなかなか出回っていない石鎚黒茶ですが、東京・新橋にある香川・愛媛アンテナショップ「せとうち旬彩館」では少量ながら取り扱っています。
「せとうち旬彩館」にて、愛媛県東京事務所の峯下さんと井上さんにお話を伺いました。

ーーー「せとうち旬彩館」では、発酵茶の認知度はいかがでしょうか?

峯下さん:「知る人ぞ知る、という感じですが、わざわざお茶だけを買いに来る人もいらっしゃいます」

井上さん:「比較的知られるようになったのは、やはり健康ブームに乗ってTVで紹介されてからですね」

ーーーお買い上げになった方からは、どういうお声が多いでしょうか。

峯下さん:「“お腹の調子がよくなった”というお声はよく届くようです。もちろん個人差はあるのでしょうが」

井上さん:「酸味がかなり強いとは言われます。ただ、苦味はそこまでないので比較的飲みやすいと思います」

ーーー石鎚黒茶は、地元の皆さんにはおなじみのお茶なのでしょうか?

峯下さん:「『名前は知っているけど飲んだことはない』人も多いです。製造者が3軒しかなく、流通が多いわけではないので……」

井上さん:「しかし今は文化財に選定されたこともあり、盛り上げようという意識が高まっていますし、地元の名産品に愛着を持ってもらおうと高校とコラボして収穫体験なども行っています。ちょうど茶葉の収穫が夏休みの時期とかぶるので、生産者さんも助かっているようです」

峯下さん:「3軒しかないといっても、3軒まで増えたということでもあります。そのうち1軒は『さつき会』という、製法の保存に尽力した市民グループです。一時はこのまま消えるのではないかと思われていた石鎚黒茶ですが、近年では右肩あがりで生産量が増加しています」

井上さん:「県や大学とも連携して成分分析などの研究を進めていますし、今後も発展して、”地域の味”として定着していくといいな、と思っています」

ーーー峯下さん、井上さん、ありがとうございました!

クセがあるのにごくごく飲める、不思議なおいしさがある石鎚黒茶
クセがあるのにごくごく飲める、不思議なおいしさがある石鎚黒茶

食文化に関する民俗技術としては全国で初となる「四国山地の発酵茶の製造技術」。
中でも石鎚黒茶は、瑞々しい果物のような香り高い酸味と旨味で、クセがあるのにごくごく飲める不思議なおいしさがあります。
お山への参拝文化に育てられ、地元の食文化を守ろうとする市民の心に守られて存続した伝統茶は、地域づくりや伝統継承に必要な「しぶとさ」を、さわやかに教えてくれているようです。


取材協力

香川・愛媛アンテナショップ せとうち旬彩館
住所:〒105-0004 東京都港区新橋2-19-10 新橋マリンビル1・2F
交通:JR新橋駅 銀座口より徒歩1分
年中無休

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