人口372万人。住みたい街ランキングや、駅の利用者数なども常に上位にランクインする「横浜」。都市化する一方で、代々続く生産農家や老舗の食品加工メーカーも多い街です。現在、横浜市内には歴史ある老舗の納豆屋さんが2社残っており、今回は昔ながらの手作りにこだわった『おとめ納豆』にお邪魔しました。
昭和25年創業、横浜市で68年も続く老舗の納豆屋さん『おとめ納豆』のこだわりとは?
「ただ国産であれば良いというこだわりは持たない」。大豆の味と品質を守り続ける『おとめ納豆』
『おとめ納豆』の先代が始めたこだわりの包装は「品質のため」
創業68年を迎えたおとめ納豆。特色としてまず見逃せないのは、かわいらしい三角形のパッケージです。
手軽な発泡スチロール容器ではなく、保存性が高い「経木(きょうぎ)」、そして外側には湿度と通気性のバランスを良くする「ろう引き紙」が用いられています。
パッケージは、保存性が高い「経木(きょうぎ)」と湿度と通気性のバランスを良くする「ろう引き紙」
このろう引き紙は先代から続くおとめ納豆のこだわりであり、味のクオリティを保つためには必須アイテムのひとつ。過去にはリーマンショック時に取引先が廃業してしまい、他の素材も試したことがあるそうですが、やはり納豆の味に影響が出たので不採用に。ろう引き紙を求めて困っていた時に現在の取引先とご縁が生まれ、引き続きこのこだわりが続けられることができています。
「経木(きょうぎ)」と「ろう引き紙」を取り扱う業者は減少傾向
おとめ納豆を製造販売する中村五郎商店3代目、中村 弘(なかむら ひろし)さん
経木もろう引き紙も、取り扱う業者は減少傾向にあり「だからこそ今こうやって納豆を作れることは本当に幸せなこと」と話すのは、おとめ納豆を製造販売する中村五郎商店3代目、中村 弘(なかむら ひろし)さんです。
『おとめ納豆』のおいしさの秘密は粘りにあり
ろう引き紙と経木を開くと、「かぶり」と呼ばれる真っ白な納豆菌の菌叢(きんそう)を身にまとった納豆の姿。朱いかわいい見た目でありながら、この糸引きの力強い粘りこそ、おとめ納豆の特徴です。
「箸が折れそう」と表現される『おとめ納豆』の粘りの秘密
「箸が折れそう」と表現されるのもけっして誇張ではないと感じる、しっかりとした豆の粘り。先代が苦労して生み出したというこの粘りと旨味は、一体どんな製法で作られているのでしょうか?
驚きがいっぱい!『おとめ納豆』の製造フロー
まずは大豆を浸水させるところからスタート
1度に使う大豆は約20kg前後。主に中村さんがおひとりで手作りしているおとめ納豆では、現在このくらいずつがちょうど良い量。まずは大豆を浸水させるところから始まります。
ごくごく飲める“横浜の水”を備長炭で浄化して使用
ここで使うお水にも先代から引き継がれたこだわりがありました。浄水施設に力を入れた横浜市の水道水は“ごくごく飲める”として知られてはいますが、中村さんはさらにそれを備長炭で浄水。両方飲み比べさせていただきましたが、たしかに備長炭のお水はまろやかに感じました。
中村さんは以前、試しに市販のミネラルウォーターでも浸水に使ってみたそうですが、納豆としての味はこの備長炭で作った水を使ったほうが断然おいしく、なによりも豆の舌触りや食感が良いためにこのお水にこだわり続けています。
横浜の水道水も飲み水としておいしいが、備長炭で浄水されたお水はとてもまろやかで柔らかい味
大豆の浸水は約13〜14時間ほど。その後、豆一つひとつの浸透をチェック
中村さんの思いが込められたお水を使った大豆の浸水は、季節によって異なりますが約13〜14時間ほど。
浸水を終えたあとは蒸煮(じょうしゃ)といって大型の圧力釜で蒸しあげますが、なんとその前に、きちんと豆一つひとつに水が浸透しているかどうかをチェックしています!
“石豆”といって、長時間浸水させても内側まで水を含まない豆が出ることがあり、それをそのまま蒸しても納豆菌は入り込みません。納豆としてムラが出ることを避けるためにも、この浸水後の豆チェックは欠かせないプロセス。
浸水を終えた大豆。実はこの写真にも石豆が写ってるのですが、わかりますか?
その年の豆の出来によって石豆となる豆の量は異なるそうですが、中村さんはこの工程にいつも3時間程掛けています。
圧力釜で30分ほど蒸しあげる「蒸煮(じょうしゃ)」の後は、特別ブレンドの納豆菌の混ぜ込み
圧力釜で約30分掛けて蒸し、蒸気を抜きながら少し蒸らしたあとは納豆菌の混ぜ込みへ。このときの菌こそ粘りの秘密といっても過言ではなく、先代が試行錯誤して生み出したという特別ブレンドの菌を今も引き継いでいます。
経木とろう引き紙に小分けにし、室(むろ)へ移して約20時間の発酵の後、冷蔵庫で熟成
納豆菌がまわったあとは、経木とろう引き紙に小分けにし、室(むろ)へ移して約20時間の発酵です。それを終えれば納豆の完成ですが、さらに中村さんは冷蔵庫で1〜2日熟成させることで、白いかぶりをつけておいしさを高めています。
ちなみに冷蔵庫に入れる前にもうひとつ“先代から続くちいさな儀式”を行うそうで、伝統って思い出が生きてることなんだと感じました。
浸水から数えて完成品が冷蔵庫から出てくるのは4日後! いかに丁寧に手作りされているかが伝わってくるとともに、菌がじっくり活動することであの旨味成分が養われているんだと感じます。
納豆をおいしく食べるには、納豆を混ぜて(引いた糸を切って)旨味成分を増し、空気を含ませ口当たりを滑らかに
納豆の粘りはグルタミン酸が結合したものですが、味覚センサーなどを使った近年の研究では、納豆を混ぜる=引いた糸を“切る”、ということがおいしい納豆を食べるポイントなんだとか。混ぜることで旨味成分が増し、さらに混ぜているあいだに空気が含まれ、全体の口当たりを滑らかにするのが大切だといわれています。
手作りの『おとめ納豆』の販売は限られた数のみ(でもネットでも購入可能です!)
現在は中村さんと、お母様がおふたりで経営されているおとめ納豆は、大量生産することはできません。
「身の丈にあった量をきちんと作ってお客様に喜んでもらいたい」と話す中村さんの言葉通り、ご自身で配達できる市内の販売先3箇所に卸しているほか、おとめ納豆のウェブサイトと、amazon.comで販売。その他、素材を預かって地元企業や団体の製品化を行うOEMのような納豆製造と、横浜市内では2箇所の飲食店「大ど根性ホルモン」の人気メニュー「納豆オムレツ」、「横浜漁酒場まるう商店 yellow」の「おとめ納豆の海苔爆弾」に使われるおとめ納豆を提供するのみ。
それでも大ファンを自称する長年の支持者やリピーター、そして地域の飲食関係者に愛されているのは、中村さんの実直を旨とするものづくり精神が信頼されているからだと感じさせます。
品質のためにこだわりぬいた包装と、粘り高い豆のおいしさ。長年引き継がれているおとめ納豆の魅力が気になった納豆好きの皆様、ぜひ一度お試しになってみてください。
昭和25年創業、横浜市で68年も続く老舗の納豆屋さん『おとめ納豆』のこだわりとは?
「ただ国産であれば良いというこだわりは持たない」。大豆の味と品質を守り続ける『おとめ納豆』