乳酸発酵させた「酸っぱいお茶」、徳島の阿波晩茶【四国に伝わる伝統、後発酵茶をめぐる旅 VOL.02】

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「無形民俗文化財」として文化庁長官に答申中の四国の発酵茶。“発酵茶に含まれる乳酸菌が美容健康作用に優れている”として、今話題を集めています。でも、発酵茶ってどんなもの・どんな味? 体にどういいの? 後(こう)発酵って何? などなど、知りたいことがいっぱいです。
そこでハッコラでは、「四国に伝わる伝統、後(こう)発酵茶をめぐる旅」と題して、徳島の「阿波晩茶(あわばんちゃ)」・高知の「碁石茶(ごいしちゃ)」・愛媛の「石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)」の3つの発酵茶を特集します。特集第2回目は、徳島県の傍示・蔭井谷(ほうじ かげいだに)地区で晩茶農家を営む、山田産業の山田喜美子(やまだ きみこ・79)さんに、阿波晩茶についてお話を伺いました。

「お茶作りもいつまでできるかわからないけど、お客さんが待ってるからね(山田さん)」
阿波晩茶農家を営む山田喜美子さん


徳島の後発酵茶文化を担う「阿波晩茶」の生産農家へ

徳島の後発酵茶文化を担う、「阿波晩茶」の生産農家へ
徳島の後発酵茶・阿波晩茶

四国でいちばん人口が少ない町・上勝町で生産される、世界でも珍しい後発酵茶・阿波晩茶

徳島駅から車を約1時間ほど走らせ、四国山脈が連なる山々と深い渓谷でできた山奥へ分け入って行く。遠くに見える峰には濃い霧が発生し、さながら水墨画のように滲んで見えてきます。四国でいちばん人口が少ない町として知られるここ上勝町では、世界でも珍しい後発酵茶が伝統的に生産されています。
取材に訪れたのは、徳島の傍示・蔭井谷(ほうじ かげいだに)地区で晩茶農家を営む山田喜美子(79)さんの作業場です。

「上勝阿波晩茶」をブランド化し、地域団体商標への登録を目指す

徳島の傍示・蔭井谷(ほうじ かげいだに)地区
徳島の傍示・蔭井谷(ほうじ かげいだに)地区

つい先日、上勝の阿波晩茶が生産農家さんが上勝阿波晩茶をブランド化し、地域団体商標への登録を目指すことが発表されました。
徳島に古くから伝わる阿波晩茶は、乳酸菌で発酵させた珍しい後発酵茶のひとつ。乳酸発酵ならではの酸味があるさわやかな味わいが特徴で、徳島の上勝町と那賀町では「お茶」といえばこの阿波晩茶のこと。山田さんは、お歳暮などで日本茶を貰っても「晩茶のほうがおいしいもの(笑)」とすぐに交換してしまうそう。

乳酸発酵により含まれる乳酸菌、ノンカフェインなど、健康面での価値も高まる阿波晩茶

この阿波晩茶、成分中に乳酸菌があり、かつカフェインが少ないため、健康ブームに乗って評価が急上昇中。とはいうものの、長らく農家が日常的に飲むお茶だったため、なかなか消費拡大に繋がらず生産消滅の危険もありました。地域ブランド化により、これまでよりも人が集まり、晩茶製造を次世代へ続けていけるかもしれないと、期待が高まります。

阿波晩茶の製造工程

作業場で阿波晩茶をティーバッグに詰める山田さん
作業場で阿波晩茶をティーバッグに詰める山田さん

1. 摘む:阿波晩茶の製造工程

8月前後、青々と成長した茶葉を摘みます。山茶の木はほとんどが急な斜面に生えるので、この茶摘みが重労働。山田さんはアルバイトの学生や近所の人に手伝ってもらいながら収穫しているそう。

2. 茹でる:阿波晩茶の製造工程

摘んだ茶葉は時間をおかず2〜3日の間に一気に加工。沸騰した釜で茹でます。これが発酵の邪魔をする雑菌の繁殖を抑えると言われています。

3. 擦る:阿波晩茶の製造工程

茹で上がった茶葉機械で擦ります。もともとはこの工程も手作業でしたが、現在は晩茶製造工程の中で唯一の機械化されている作業です。山田さんの作業場にはこの機械はなく、擦る工程になると機械を乗せたトラックが来てくれて、一気に擦ってくれるそう。

4. 漬ける:阿波晩茶の製造工程

茶葉を漬け込むことで乳酸発酵させる、いちばん大事な工程。茹でた茶葉を桶に入れて、上から突いて空気をしっかり抜きます。漬け込む期間は2週間〜1ヶ月。この期間は生産者さんによって異なりますが、漬け込みの長さによっても風味が変わります。

5. 桶出し・天日干し:阿波晩茶の製造工程

押し固められた茶葉をほぐし、すぐにムシロなどの上に広げて2〜3日かけて乾燥させます。雨に濡れてしまうと商品にならないので、天候が怪しくなるとすぐに屋根のある場所に移動します。

6. 完成:阿波晩茶の製造工程

大きな茎などを取り除く選別作業の上、袋詰めして完成です。茎は茎茶としても販売します。

阿波晩茶の生産者が家の味を守ることで、それぞれが「文化」となる

各生産者の蔵や桶の土着菌で発酵させるため、阿波晩茶の味は作り手によって少しずつ違う

「阿波晩茶」の製造過程そのものは共通していますが、各生産者の蔵や桶に住み着いている土着菌で発酵を行っているために味はそれぞれ少しずつ違います。山田さんの晩茶は、比較的香りと風味が強くてしっかりした味わい。「やっぱりこれでなくちゃ」と、毎年注文するリピーターも多いそう。
生産農家一軒一軒が家の味を引き継いで、それぞれが「世界で唯一の味」を作り出しています。それは、1軒1軒が徳島の「文化」を担っているともいえるでしょう。

阿波晩茶は自生する茶葉を集めて作られる

「茶畑」と聞いてイメージする“一面に広がる段々畑”ではない土地に茶葉が自生する
「茶畑」と聞いてイメージする“一面に広がる段々畑”ではない土地に茶葉が自生する

「あそこに生えているのが山茶の木。あとはこのあたりのあちこちにある棚田に、少しずつ生えている。何しろこのあたり一帯が山だからね(笑)」

山田さんが差し示して教えてくれたのは、「茶畑」と聞いてイメージする“一面に広がる段々畑”などではなく、作業場の下にある急勾配の土地。シーズンオフだったこともあるけれど、「茶畑」というよりは「野山」という言葉が似合う場所でした。
晩茶は自生する茶葉を集めて作られていたものなのだ、と改めて実感します。他の茶畑もかなり急な斜面にあるそうで、その一部の木を見ただけでも茶摘みの苦労が偲ばれます。

健康志向の高まりとともに、人気が広がった阿波晩茶

メディアで紹介されるやいなや注文が殺到した山田さんの阿波晩茶
メディアで紹介されるやいなや注文が殺到した山田さんの阿波晩茶

メディアで阿波晩茶が紹介され注文が殺到、その年に生産した分は秋にはほぼ売り切ってしまう

幼い頃から家族で飲むお茶作りの手伝いをしていたという山田さん。農作業の合間に作った晩茶を親戚や近隣の人に分けていましたが、TVなどのメディアで阿波晩茶が紹介されるやいなや電話での注文が殺到し、見かねた息子さんが通販サイトを制作。それから本格的に販売を始めたそうです。近年の健康志向の広がりとともに注文や問い合わせが増え、その年に生産した分は秋にはほぼ売り切ってしまうのだとか。

蒸して発酵させても溶けないよう、葉がある程度成長した夏に茶葉を収穫する

「阿波晩茶」は、春ではなく夏に摘むから「晩茶」という説があります。蒸して発酵させるため、柔らかい新芽だと発酵の時に溶けてしまいます。そこで、葉がある程度成長する夏に摘むのです。夏になると山田さんはぐっと忙しくなります。茶摘みから約1ヶ月間、ほとんど休みなしで働くとのこと!

阿波晩茶作りは天気で決まる

晴れが続く日を待って、茶葉を干す

「晩茶作りは天気で決まる。漬け込みが終わって干す段階になると、天気予報と睨めっこじゃ。TVで“快晴が続く”と言われたら、それっ!っと茶葉を桶から出して並べる。もし曇ってきたらすぐに屋根の下に入れないと、雨に打たれたら台無しになるからね」

茶葉を天日干しにする8月下旬は、台風シーズンでもあります。急に天気が崩れ出す日もままあり、「茶葉を干す」「しまう」を繰り返す年もあるそう。

快晴の日があれば、爽やかな香りが漂うおいしい阿波晩茶に仕上がる

「雲が北に行ったら明日は晴れる。反対に行ったら雨(山田さん)」
「雲が北に行ったら明日は晴れる。反対に行ったら雨(山田さん)」

毎日毎日、お日さまの様子と雲の動きを見ながら、その日の仕事を考えます。晴れが続く予報が出たら、すわ天日干しのチャンス!
茶葉が重ならないように丁寧に広げていくと独特な発酵の香りが漂ってきます。2〜3日干す中で、カラッと快晴の日があれば爽やかな香りが漂うおいしいお茶に仕上がるそう。上勝の生産農家さんは、そうやって毎年の夏を過ごして後発酵茶の文化を守ってきたのです。

漬物のような風味を味わう、上勝阿波晩茶の楽しみ方

様々な楽しみ方がある上勝阿波晩茶
様々な楽しみ方がある上勝阿波晩茶

日本茶の「番茶」とは違う阿波「晩茶」

その名前から日本茶の「番茶」と混同されがちですが、味はまったく異なる阿波晩茶。乳酸菌独特の香りと酸味があり、緑茶に比べてさっぱりとした味わいに、初めて飲む人はきっと驚くことと思います。
前回の東京農大・内野教授のレポートによれば、阿波晩茶は「漬け込んで1日で、乳酸菌・酵母・グラム陰性細菌が増殖する」そう。これは、茶葉に含まれるアミノ酸や糖などが菌の栄養になっていると考えられるとのことです。つまり、「味わい」という感覚だけではなく、研究により乳酸菌が増えていることが実証されているのです。
日本茶の番茶は二番茶・三番茶で作られますが、晩茶は遅く摘むけども一番茶。「晩」の字を使って、日本茶の「番茶」と区別をしています。

お湯で煮出す、水出しアイス、焼酎割り、お茶漬け、ふりかけ…無農薬だからこその阿波晩茶のいただき方

お湯で煮出して飲むほか、水出しでアイスにしてもおいしいし、焼酎で割ったりお茶漬けにしたりしてもおいしい。風味が強いので、さまざまな使い方でアレンジしても「晩茶らしさ」が失われません。お客さまの中には、出がらしの茶葉を乾燥させて、ふりかけにして食べる人もいるそうです。

「梅干しをひとつ入れたお茶漬けなんかも最高だし、山茶を育てるときに薬品を使っていないから、茶葉もそのまま食べられるんよ」

昔ながらの製法を守る阿波晩茶、発酵させる木桶は残りひとつだけ

昔ながらの製法を守る阿波晩茶、発酵させる木桶は残りひとつだけ
「ウチで一番の働きものだよ(山田さん)」

こんなにアレンジのきく使い方ができるのも、きっと昔ながらの製法を守っているから。

作業場で、発酵に使っている桶を見せてもらいました。職人さんがいなくなったため、木の桶はもうこれひとつだけ。ほかはポリタンクに変更しました。

「ウチで一番の働きものだよ」

と、山田さんは愛おしみます。

生産者同士のつながりで守ってきた、徳島県の小さな町・上勝町、阿波晩茶の伝統

山田さんの作業場
山田さんの作業場

四国の後発酵茶は、どこから来たのか・どうやって広まったのか、詳しくわかっていない

特集第1回目「どこから来たのか、誰も知らない発酵茶【四国に伝わる伝統、後発酵茶をめぐる旅 VOL.01】」でも書いた通り、四国の後発酵茶は、どこから来たのか・どうやって広まったかなどの伝搬や発生について詳しくわかっておらず、その研究は始まったばかり。

空海が伝えた?ミャンマーから伝わった?平清盛ゆかりのお茶?各種伝えられる阿波晩茶の伝説

一説には約800年前に空海が伝えたとも、タイ・ミャンマーから伝わったとも言われていますし、上勝町の旭地区にある神田(じでん)集落にあるお茶の神様を祀ってある「茶神八幡神社」には、平清盛ゆかりだとの伝承もあります。曰く、「平清盛の晩年の家臣であった横尾権守(よこおごんのかみ)が落人となって四国に逃げ、岩屋で休んでいた時に茶の木を見つけ、中国で学んだ妙薬の製法を人々に伝えた。これが阿波晩茶の発祥である」だとか。
伝説は各種伝えられていますが、何しろ文献が残っておらず、その言い伝えが本当なのか確かめる術はみつかりません。

阿波晩茶の伝統的な製法は、小さな共同体だからこそ守られてきたのかもしれない

しかしながら、昔から続く伝統的な製法であることには間違いはありません。阿波晩茶は日本茶とは全く異なる個性を持っています。この小さな町で、これほどの独特な味が脈々と受け継がれていることが奇跡的とも言えますが、小さな共同体だからこそ守られてきた伝統なのかもしれません。

地元の人たちと生産農家さんたちを結びつけるお祭り「上勝晩茶祭り」も盛況

上勝の茶摘みは、もともと「手間変え」と言って、茶摘みや茶擦りの時期をずらし、空いた時間に別の農家さんが作業を手伝うことが行われていました。それぞれの生産者さんが繋がって、お互いに手を貸しながら、この伝統を絶やさないように日々お茶作りに勤しんでいます。

2016年秋からは、「上勝晩茶祭り」も始まりました。地元の人たちと生産農家さんたちを結びつけるお祭りで、新茶の飲み比べや晩茶を使ったスイーツの販売などが行われ、ずいぶんと盛況だったようです。

伝統的であるけれども、気軽に飲める阿波晩茶の「晩茶の味」

山田産業の阿波晩茶のパッケージには、山田さんの笑顔が

阿波番茶のパッケージ
阿波番茶のパッケージ

山田さんの阿波晩茶は、山田さんの笑顔がラベルになっているパッケージ。

「恥ずかしいけど、このほうが売れるっていうから。あはははは(笑)!」

豪快に笑いながら話してくれた山田さんが販売しているのは、茶葉(500g、200g、100g)とティーパック(25袋入り)。

「世界でも珍しい後発酵茶」でも、阿波晩茶は日常のお茶

「お湯を沸かして、淹れて、薄いと思ったら次は多めに、濃いと思ったら次は少なめにすればいい。もともとは農家がガブガブ飲んでいた日常で飲むお茶だから、形式ばった作法などは何もないよ。自分の好みで淹れたらいい」

「世界でも珍しい後発酵茶」であっても、阿波晩茶はあくまでも日常のお茶なのです。

「お茶は毎日飲めるからこそ、好きな味を探して欲しい。ウチの味を気に入ってくれて毎年継続して買ってくれているお客さんがいて、ありがたいね」

花粉症や便秘改善の声が挙がるも「おいしく飲んでもらうのがいちばん(山田さん)」

「お茶は毎日飲めるからこそ、好きな味を探して欲しい(山田さん)」
「お茶は毎日飲めるからこそ、好きな味を探して欲しい(山田さん)」

お客さんからは、「花粉症が軽くなった」「便秘が治った」という声が多いそうですが、「”何とかに効く”とかの謳い文句よりも、おいしく飲んでくれたらそれでええんよ」と山田さんは笑います。それはきっと、阿波晩茶に関わる生産者さんみんなの思いであるように感じました。

伝承を超えて、守るべき徳島の故郷の味、阿波晩茶

上勝にしかない日本でただひとつの味。それは、阿波晩茶がくれた贈り物
「お茶作りもいつまでできるかわからないけど、お客さんが待ってるからね(山田さん)」

“後継者不足問題”を抱えつつ、待っているお客様のために阿波番茶を作り続ける

人気が高まる阿波晩茶といえど、伝統技術では避けられない“後継者不足問題”を抱えています。70代、80代が多い農家さんは、現実的に「いつまで続けられられるか」という危機感が常につきまといます。しかし、それでも上勝の人たちはまた夏になれば晩茶を作り続けます。一口飲めば、ふわっとした酸味と確かな旨味が広がる、これが上勝の「お茶の味」だから。

「お茶作りもいつまでできるかわからないけど、お客さんが待ってるからね」

上勝にしかない日本でただひとつの味。それは、阿波晩茶がくれた贈り物

徳島の豊穣な空気を吸って育った日本でただひとつの味、阿波晩茶
徳島の豊穣な空気を吸って育った阿波晩茶

人が生まれ育った故郷の影響を受けるように、山に生える木々も葉も、その土地の影響を受けることは想像に難くありません。地元を愛し、地元に根を張って生きる人々が自然体で作り上げたお茶は、徳島の豊穣な空気を存分に吸って育ったここにしかない日本でただひとつの味。それは、晩茶がくれた人々への贈り物なのかもしれません。

徳島の傍示・蔭井谷(ほうじ かげいだに)地区で阿波晩茶農家を営む山田喜美子(79)さん
上勝にしかない日本でただひとつの味。それは、阿波晩茶がくれた贈り物

取材協力:山田産業

山田産業

山田喜美子(右)さんと、息子さんの山田武志さん(左)
山田喜美子(左)さんと、息子さんの山田武志さん(右)


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