教えて!小泉先生

2018年11月06日

「くさや」が伊豆諸島で作られるようになったのはなぜですか?【教えて!小泉武夫先生】

発酵食品やその食文化における第一人者として日本でもっとも有名な小泉武夫先生。月光仮面ならぬ「発酵仮面」という異名も持つ小泉先生に、「くさや」について教えていただきました!

「くさや」とは、どんなものですか?

くさや
くさや

くさやとは、ムロアジ、トビウオ、シイラなどの魚を「くさや汁」に10〜20時間漬け込んだあと、1〜2日ほど天日で干したものを指します。

魚を漬け込む「くさや汁」とは、海水×魚の発酵液

「くさや汁」とは、もともとは海水です。繰り返し魚を漬けているうちに魚のうま味が溶け出し、発酵した液が「くさや汁」で、各くさや屋さんが独自の「くさや汁」を受け継いでいます。

くさやの栄養成分、健康美容効果とは?
発酵食品リストで「くさや」を見る≫


「くさや」は、なぜ伊豆諸島にしかないのですか?

伊豆諸島
伊豆諸島(出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

江戸時代の「塩」は貴重なもの

「くさや」の起源は、伊豆諸島の新島です。
島の東側には砂浜があり、もともと島の人はそこで塩を作っていましたが、江戸時代に幕府から塩奉行が派遣されるようになりました。
当時、江戸は約150万人が住む大都市で、塩はとても大事なものでした。また新島は古くから流刑の島で、罪人が塩作りにあたりました。つまり、塩作りが幕府によって厳しく管理されるようになったのです。

「塩」がなければ「海水」に魚を漬けよう!

困ったのは島の人たちです。自分たちで塩を作り、島の周りで取れた魚を塩漬けにして江戸に出荷していたのに、それができなくなってしまった。
その時に、前田角兵衛という人が海水を使う方法を考え出しました。大きな桶に海水を汲んできて、くさやの原料になるムロアジを一晩漬けて、干す。それを繰り返したのです。

海水に魚の旨みが移り、「くさや菌」が発生した

くさや
くさや

ムロアジを干して、桶の海水につけるたびに、桶の海水に魚の旨味が移っていった。そして、そこに大量の「くさや菌」が増えたと考えられています。

江戸の好事家たちに愛された「くさや」

くさやの原料であるムロアジは、実はあまりおいしい魚ではありません。ですが、くさや汁に漬けることで、酸味、うま味が増える。そして、発酵独特の匂いが生まれる。それを江戸の好事家たちが喜んで食べたのです。

新島のくやさ伝説

新島
新島

また、新島のくさやには、非常におもしろい話があります。実は新島には、昭和40年代くらいまで、お医者さんがいなかったのをご存知でしょうか?

風邪、腹下し、切り傷には「くさや汁」

新島の人は病気になると、くさやを作っているところにくさや汁をもらいに行きました。風邪をひいたり、お腹を壊したときにくさや汁を飲んでいたのです。すごいのは切り傷。くさや汁をつけると治ってしまう。

「くさや汁」の中には天然の抗生物質が入っている!

なぜかというと、くさや汁の中には、天然の抗生物質が入っているから。空気中から悪い菌が来ても、くさや汁をつけると増殖できないから、治ってしまうのです。

くさやの栄養成分、健康美容効果とは?
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小泉武夫

小泉武夫

1943年福島県の酒造家に生まれる。 東京農業大学名誉教授。農学博士。専攻は食文化論、発酵学、醸造学。 現在、鹿児島大学、琉球大学、広島大学大学院医学研究科、石川県立大学ほかの客員教授を務める。 特定非営利活動法人発酵文化推進機構理事長。全国発酵のまちづくり協議会長。全国地産地消推移新協議会会長(農水省)、「和食」文化保護・継承国民会議委員(農水省大臣官房)、食料自給率向上協議会会長(農水省大臣官房)など、食に関わる様々な活動を展開し、和食の魅力を広く伝えている。 著書に、『食あれば楽あり』(日本経済新聞社)、『発酵食品礼賛』(文春新書)、『食と日本人の知恵』(岩波現代文庫)、『食の世界遺産』(講談社)、『江戸の健康食』(河出書房新社)、小説『夕焼け小焼けで陽が昇る』(講談社文庫)、『猟師の肉は腐らない』(新潮社)、『幻の料亭・日本橋「百川」黒船を饗した江戸料理』(新潮社)など単著は140冊を超える。日本経済新聞に連載の「食あれば楽あり」は現在24年間にわたり連載中。丸ごと小泉武夫 食マガジン  NPO法人発酵文化推進機構

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